文部科学省の令和5年度学校基本調査結果によれば、日本の高等教育機関(大学など)進学率は84%に達しているそうです。そのうち大学(短大含む)は60%程度です。私が教師として活動している時期にこのように多くの人が学習するようになったことは望ましいことだと思います。しかし、実態はどうなのでしょうか?
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学ぶことは重要です。大学は誰でも環境さえ許せば行ける時代です。しかし、学費はかなり負担になります。私が大学生の頃とは状況がまったく違い、学ぶ環境、学ぶ内容、学ぶ意味、職業の選択など、忙しさからすると、いまの学生の方がよほど多くの活動をしていると思います。
ここでは、その大学の意義は何かを考えてみます。各大学は昔に比べればよくやっていると思います。先生方もますます忙しくなっていますが、授業に専念しないといけない環境です。その代わり、研究費も少なく自分で獲得する必要があり、業績など評価も厳しくなり、落ち着いて仕事ができません。その分学生は学習する機会を与えられていると考えられます。
しかし、学習する意欲や学習の質が欠けているような気がしてなりません。学生も教師と同様にただやらせられているような環境にいて、creative thinkingなどが期待されている中で、実際にはそうはなっていない感じがします。
多くの人が高等教育機関で学ぶことはよいことですが、それが実のあることではなく、単なる形式的なことであり、さらにはビジネスであり、そこで学ぶ内容や質は意味のないことが多いのかもしれません。たとえば、一般教育的な内容などは精査する必要があるのではないかと思います。
あるいは、高校での受験教育はやめて、実利的な教育を増加し、大学は専門分野だけに特化し、単位などの習得は必要に応じてどこでも可能にするなどとすることも検討する必要があるでしょう。受験自体の学習は学生にとっては不毛です。今必要な技能と知識と、それを最大限に活用できる環境を、全体として考える必要があるでしょう。東大や京大などという学歴もやめて、学習歴を大切にする教育とすることが大切だと思います。
マスコミは「どこの学校の出身か?」などの学歴を盛んに話題にします。これはあまりいいことではないように思います。84%が学び続ける社会で、いつまでのどこの学校の出身かという時代ではなく、何を学び何ができるのかが大切です。
最近は、大学とは遠くなりましたが、大学はいいところだと思います。もっと多くの人が大学に集まり、ゆっくりと学ぶ環境になることを期待しています。お金がなくても場所があれば学べます。学ぶことが、学べることが、基本です。ただし、無意味な活動はやめましょう。例えば、リカレント教育は、リスキリングや学び直しではなく、学びたいことを学びたい人が自由に発想していく場であってほしいと思うのは、私だけでしょうか?
学びます 学びたければ 秋深し