2025年5月7日水曜日

Reading / 読書 2025年5月7日(水)

読書(reading)はよいと多くの人が思っています。私もよいかどうかはよくわかりませんが、読書は好きです。しかし、最近は年齢とともに字を読むのがつらくなってきました。近眼、老眼などというよりも目が衰えてきていると強く感じます。そのせいでしょう。聞く方がよくなりました。以前にも書いたかもしれませんが、朗読を聞くというのはとても新鮮です。読書とは明らかに違います。しかし、耳も悪くなり、目も耳も悪くなってくると、視力や聴力に難がある人の気持ちがよくわかってきました。

本は最近買いません。家にあった多くの本を退職を機に処分したことを思い、本を買うのはやめました。図書館から本を借りて読んでます。英語の本はまだたくさん残っていて、死ぬまでにどれだけ読めるかと思い、残っっている本を読んでいます。いまは「Moomin」を読んでいます。元はスウェーデン語ですが、「Moomin」は当初から英語で出版されたりして知られるようになったので、英語で読んでいても味があります。おもしろい!とあらためて思いました。

図書館から借りる本は、ふだん読まない、いままであまり読んだことのない本、哲学関係の本を読んでいます。先日はMichel Foucaultを読みました。よくわかりません。が、ときどきおもしろいところがあります。考え方がおもしろい。内容については、ここで書ける理解はしていないのでやめておきます。ちょっと前は華厳宗の本を借りました。とにかく奥が深いという気がして、東大寺に行って話を聞いてみたいと思っています。あとは、調べ物をするのに借ります。その場合、中身はきちんと読みません。図書館が近くにあれば毎日でも行きたいと思っています。フィンランドのような図書館が日本にもほしいです。

私が本を読むのが好きになったのは、家に本がなかったからです。学校で借りてよく読みました。自分で買って読む本はほとんどありません。買ったのは漫画本です。今とは違って単行本などはなく、雑誌です。安かったし、おもしろかった。私が好きだったのはちばてつやの「ハリスの旋風」です。よく真似して描いてました。しかし、それほど漫画を読むことに熱心ではなく、自分で描くことに熱心でした。読むのは本の方がおもしろかったと思います。

インターネットを見ると、readingに関するメリットの記事が多いことがわかります。しかし、現実問題として、多くの人は分厚い本は読まなくなりました。薄くて、絵や写真があって、字が大きくて、読みやすい本を読む傾向があります。古典や難しい本はほとんど読まれなくなっています。私は意味のないただの娯楽だけの本は読まなくなりました。テレビもそのような番組は見ないです。ドキュメンタリーや科学的なことや事実関係を扱ったものは好きです。

読み方はかなり粗い読み方です。しっかりと読む場合は、自分で何か書く資料として読むときです。どのような状況で読書をするかというとベッドで寝ているときです。あるいはコーヒショップや電車などのの乗り物に乗っているときです。最近はイヤフォンをして聞いています。

読書(読むイあるいは朗読(聞く)という行動は、Literacyに役立ちます。National Literacy TrustではLiteracyについて次のように言っています。

The word literacy is defined as the ability to read, write, speak and listen in a way that lets us communicate effectively and make sense of the world.

私も賛成です。media literacyなどliteracyはただ単に読み書き能力というわけではありません。多様な能力です。紙の本を読むという作業は、身体を使います。また、読むという行為だけでは終わりません。聞く、話す、書く、考えるなど、すべてに関わります。紙の本からコンピュータに変わっても文字の基本的機能は理解しておく必要があります。

しかし、そうは言っても時代は変わりつつあります。どうなるのでしょうか?


本を読む その質感は 麦の秋