Elon Musk’s Incredible Speech on the Education System | Eye Opening Video on Education
世の中は、学歴や経歴はある意味重要です。また、肩書きも意味があります。これは仕方がないことです。おそらく世界中がそうだろうと総じて言えます。学歴は学習歴とは少し違って、学校の名前です。英語で言えば、prestigious school or universityなどという「学歴」です。「学習歴」はacademic or education backgroundなどとなります。つまり、学位(bachelor, master, doctorなど)です。日本はどちらかと言うと、「学歴」が重視されるようです。あながち否定はできないですが、国際基準とすれば、どのような大学かは基準が明確ではないので、学位はある程度意味があります。
肩書きは、退職して思いましたが、かなり重要だと思う場面がいくつかありました。退職したにもかかわらず、Professorと呼ばれることがときどきありますが、どこかに所属していることは意味があるようです。全体をまとめて経歴と言いますが、英語では、resume, CV (curriculum vitae)あるいはbio dataなどとも言われます。どのような人かを知る意味でそのようなデータは意味があります。社会文化の違いにより、中身についてはさまざまです。欧米社会では、男女、年齢、写真などの個人的な情報で差別につながる内容は除外されることが多いので、日本の状況には驚かれることもあります。
さて、私は、いい加減に学歴(学校名)にこだわることをやめるべきだと思います。私自身それほどの学歴がないのでそう考えるのかもしれませんが、才能のあるなしは学歴ではないと感じています。学校に行かなくてもすばらしい人はたくさんいます。また、学歴にしがみついている人もいます。昔、大学職に着いたときに博士の学位をちらつかせる人がいました。ムッとしたのがきっかけで、博士課程を経験しました。というより、スコットランドで研究するのがおもしろいと思い、経験しました。楽しかったです。
しかし、PhD (philosophiae doctor, doctor of philosophy)という肩書きがあると、その影響は少なからずありました。以来、私は、学生には大学院に行くなら、博士号取得までやったほうがいいと言います。ヨーロッパの多く国では、大学は修士の資格を前提としています。3年(あるいは4年)で学士を終えて、働きながら、博士あるいは異なる分野へと自分の職能を高めていくシステムが定着しています。必要のない人は大学にも行くことはありません。自分が何をやりたいかで必要な知識と技能を身につけていくシステムです。国によっては無料で学習が保証されています。
どこの学校、どこの専門学校、どこの大学へかということよりも、どちらからと言えば、何がしたいのかという、どこに行けるか、という基準で選んでいるようです。もちろん、人によっては名前で選ぶかもしれません。競争率が高ければ、そこでは選別がもちろん行われます。が、日本とは違うシステムです。何がしたいのか、何ができるのか、何をしてきたか、ということのほうが意味を持っていると思います。
Why is learning important?
私は、スコットランドのスターリング大学(the University of Stirling)というとこで博士課程をしました。いわゆる大学の基準で言えば、歴史ある大学ではないです。しかし、以前にもこの日記に書きましたが、Richard Johnstoneという人がいたから行きました。大学で何かをしたということはありません。が、私はやりたいことをやり、できることを研究し、それなりの成果は出しています。別に自慢することもありませんが、評価しない人もいます。英国と言えば、OxfordやCambridgeと考える人もいます。それというのはあまり意味がないと、私は確信します。学ぶことが大切です。学ぶ場所でも結果でもないです。ずっと学んでいることがそのプロセスが楽しいと思うのです。
ハイランド 師走に巡り 明日を見た