昨日京都の栂尾の高山寺(こうさんじ)に参拝しました。この日誌を始めたきっかけでもある「阿留辺畿夜宇和 (あるべきようわ)」の明恵上人がいたお寺です。弟子が「栂尾明恵上人遺訓」として残したもので、その冒頭にこの言葉があり、ぜひ機会があれば訪ねたいと思っていました。
京都の市内からバスに乗り、龍安寺、仁和寺、神護寺など有名な寺を過ぎ、さらに奥に向かい、栂の尾に着きました。あたりは森に囲まれ、来てよかったとまず思いました。空気が違いました。バスは月曜にもかかわらずとても混み合っていましたが、途中でみなさん降りて、さいごは少ない人になっていました。外国からの観光客もここまでは来ないようで、静かに参道を歩き高山寺に向かいました。
やはり、その場にいるという経験は何事にも代え難いと実感します。この森の中で明恵上人は「生きた」ということが実感できました。紅葉の時期にはちょっと早かったかもしれませんが、思ったよりも観光化されていなかったのはよかったです。有名な石水院は確かに見るべきものがあるので、拝観料は当然ですが、展示も実にゆるく、ゆっくりと見ることができました。樹上坐禅図や阿留辺畿夜宇和 の掛板には心が動かされました。
樹上坐禅図は、おそらく周囲の山の中のどこかでしょう。明恵上人は、このような坐禅をよくしていたそうです。また、耳まで自分で切ったことがあるそうです。著作や夢記や和歌などを読むと、その人柄はよくわかります。高山寺に来て、実際に境内を歩き、さらに明恵上人という人の「生きた」という現象を確認できました。私の意識に間違いはなかったと再確認できました。よかった。現時点で、それ以上、言葉にはできません。
高山寺 あるべきようわ 秋の山
