FULL: Trump-Zelenskyy Oval Office meeting
口喧嘩(quarrel)は大人気ないということでしょう。あちらこちらで口喧嘩があります。メルボルンで泊まっていた安ホテルの通りでは毎晩のように酔っ払いが騒いでいました。ときには昼間も口喧嘩していました。どこの町でも、どこの家でも、どこでも口喧嘩はあります。それは仕方がないでしょう。それが、大統領同士でテレビの前で行われたというのは、マスコミとしては良いネタだったのでしょう。報道は何度も何度も何度もされています。これからもずっと残るのでしょう。
しかし、これはとてもつもなく悲惨なことです。多くの人が争いの中で亡くなっていて、もうすでに3年も経っているのに、こんなことが国を代表する人間同士で行われるのは愚かです。権力を持っている人はこのような愚かな行為をするべきではないでしょう。喧嘩両成敗だと思います。謝れ!感謝しろ!礼儀をわきまえろ!失礼だ!などという前に、紛争を何とか収めたいならば、こんなことはすべきではないでしょう。
テレビのコメンテータや専門家は、冷静なコメントをしていますが、どちらが悪いではなく、どうしたらいいのかという意見を述べることが大切だと思います。トランプ大統領に対する対応が悪い、ゼレンスキーの失敗だ、などとコメントしても意味がない。毎日のように人は傷つき亡くなっていて、破壊はずっと続いているのです。報道でしか私たちは知るよしもないですが、世界中のあちこちで争いが起こっています。
平和、平和が大切です、戦争はやめてください、などと叫んでも、政治のトップの人が、くだらないことを言って、争いを単なる取引として、損得勘定で考え、ゲームをしているように行動しているのは、残念です。
ゼレンスキーは勝利を勝ち取ろうとして行動しています。それはウクライナのためでしょう。ロシアによって行われている侵略は許せない、と考えているのでしょう。しかし、そのような状況でこんな口喧嘩をして何の意味があるのでしょうか。トランプは、紛争を終わらせたいと考えているのでしょう。それは何のためなのか、単にアメリカは経済的に援助をやめたいと思うだけなのでしょうか?人を助けたいからなのでしょうか?もし、キリスト教精神で助けたいのならば、ここで口喧嘩をする意味がどこにあるのでしょう。
Why Humanity Turns to War
何千年も人類はずっとこのような愚かなことをしてきています。私は高校生の頃、戦争についてレポート書いたことを記憶しています。その結論は、「平和のために戦う」ということで、戦争、紛争、争い、喧嘩はなくならないということです。それから、私は平和運動のために戦うことは好きではありません。口喧嘩もほとんどしません。争いは嫌いです。揉め事は避けます。卑怯かもしれませんが、戦いをしないことが大切だとずっと思っています。
ひな祭り 争いやめて 桃の花