Privacy vs. Anonymity vs. Security
個人情報(personal data)の秘匿(cofidential)がこれほど大切な世の中になるとは思っていませんでした。名前、住所、電話番号、年齢、仕事、家族、性別、趣味などなど、すべてが公開されることは危険なことに出会う可能性をつくり、それを集めて販売するビジネスも成り立つ時代になりました。いつごろそうなったのかはあまり記憶にないのですが、個人情報の保護に関する法律( Act on the Protection of Personal Information)が、 2005年に施行される以前だと思います。おそらく、1990年代ごろから名簿などの廃止が始まり、年賀状が衰退し、インターネットが普及し、携帯電話やメールなどが使われ出した頃と同時期に始まったのでしょう。私が高校の教員を辞めて大学に移った頃です。個人情報の定義は、「生存する個人に関する情報であって、この情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの」としています。
個人情報保護法ガイドラインを見るとかなり細かく示してあります。インターネット上をざっと見るだけでも、そのほかにもたくさんの関連の情報があります。つまり、それだけ重要なこととなっています。報道を見ているだけでも、名前や学校や家を特定されることによる危険性がたくさん報道されています。特に子どもや女性が気を付ける対象です。さらには、特殊詐欺などに見られるように、私のような高齢者がターゲットになっています。確かに、私の世代はおおらかな時代で電話帳があり、個人情報の共有は必要なことでした。互いの信頼のもとに共同体を構成していたと思います。が、それがあっという間に壊れ、現状のように匿名性(anonymity)で生きる環境には慣れていません。
私は、教育という社会で生業をたててきましたので、匿名性に関しては注意しなければいけません。しかし、そればかり大切にすると、教育はやはり成り立たない、あるいは、成り立たせるのがむずかしい。LINEの交換は現在では禁止されていると思いますが、LINEを適切に使うとやはり学生とのコミュニケーションはうまくいきます。教育においてはそのような個人情報の共有は必要ですが、それとともにその保護の責任は重いということでしょう。次のYouTubeは英国のGeneral Data Protection Regulation (GDPR)の紹介です。2000年代に集中的に英国で教育調査をしていましたので、多くの学校でそれは徹底されていました。
How Does GDPR Affect Schools? - TheEmailToolbox.com
ネット社会は便利であるとともに危険性が多くあり、そのネットワークが私たちの日常生活のコミュニティーにも入り、ネット社会から個人的な社会を覗き見することが容易になり、そこに土足で入り込んでくる社会です。その意味で私たちの日常はすでに大きく変わっています。
個人情報(privacy)と匿名性(anonymity)は、このようなオンライン社会になった現在では注意しなければいけないでしょう。
Privacy is a condition in which information about you is not visible to people you don’t explicitly grant permission. The classic state of privacy is being behind closed doors in your home: People can identify you as the owner of the house, but not your actions inside it.
Anonymity means your actions are visible to the public eye, but your identity is not. The classic state of anonymity is being a single face on a crowded street.
なんでもかんでも個人の情報を保護する必要はなく、見えても良い部分とそうではない部分がきっちりと区別され、同意がない限り、見られたくない部分は守ることが大切です。匿名性も似ていますが、個人が不特定多数の中にあり、そのような状況でむやみに特定されることがないということです。全てを秘匿にして活動することが個人情報の保護でないと考えます。自分自身が社会性を持たなくなるのは危険で、ネット社会で匿名性を担保して活動するのは問題もあります。
ますます住みにくい世の中ですが、アイデンティティ(identity)まで失わないようにしないといけません。自分が生きてこの世に存在することを知ってもらうことは必要です。特にメディアなどに登場する人は、この点に注意が必要です。さらには、ソーシャルメディアが発達する時代には、ごくふつうの人も気をつける必要があります。この日記を書いている私も同様です。しかし、なぜ公開でこの日記を書いているかと言えば、一つのチャレンジです。
雲雀鳴く 多摩川歩く てくてくと