2025年4月6日日曜日

Aesthetics / 美学  2025年4月6日(日)

絵を描くのが好きです。しかし、最近はほとんど絵を描きません。よくないです。また、絵やアート作品は昔から興味があります。豊かな家庭に生まれていたら、たぶん芸術系の道を歩きたいと思っていました。最近は、そうしなくて良かったと思っています。才能がないことにだいぶ前に気づきました。時間があれば、絵をただ描きたいとは考えています。

美学(aesthetics)について考えたいと思います。ただ単に「美しいとは何か?」を探究することだと考えていますが、哲学的に考えるとむずかしいです。数学や物理などから考えると、「美しいもの」の要素がある程度特定できるようです。数学が好きな人は、美しさは数式や幾何学的に表せることに魅力を感じます。物理もそうです。宇宙や量子などを考えると確かに物理的な法則で世界を表すことは可能です。科学的な世界は美学にも通じます。が、そうではないことが人文的な領域です。特に伝統的な絵や音楽や工芸は絶対的なものは多様で柔軟で複雑です。

次は私の落書きです。デジタル画です。


下手なお絵描きで、これは私にとっては練習でsketchです。つまらない絵ですが、私には付随するその際の「思い」が詰まっています。

美学の観点からは、私個人にとっても私の絵は程遠いです。それでも愛着はあります。「もっと上手くなりたい」「もっといい絵を描きたい」などです。その価値基準は「私」です。誰かに褒めてもらいたいとか、多くの人に認められるとか、高く売れるとか、批判されるとかいうような他者の評価はあまり関係ないです。

私はゴッホの絵が好きです。「Orchard Bordered by Cypresses」のような何気ない風景画が特に好きです。なぜ好きかと言えば、理由はよくわかりません。筆致、色使い、題材、レイアウトなどなど、どれが好きなのかわかりません。ただ私には描けない作品だと思いました。高校生の頃、ある絵を模写したことがあります。そのときの印象がそうでした。バランスがとても微妙で、なぜこれでまとまるのかと気づきました。色もそうです。なんでもない風景がユニークとなる不思議さです。

Kant on the beautiful and taste: Critique of Judgment

美学については、IEP (International Encyclopedia of Philosophy) によると、Kantは次のように考えているそうです。

Kant believes he can show that aesthetic judgment is not fundamentally different from ordinary theoretical cognition of nature, and he believes he can show that aesthetic judgment has a deep similarity to moral judgment. For these two reasons, Kant claims he can demonstrate that the physical and moral universes – and the philosophies and forms of thought that present them – are not only compatible, but unified.

物理的で道徳的な世界は互換性があり統合的だという理由で、美的な価値判断は道徳的なそれと似ていると言っているようですが、ちょっとわかりにくいです。美の判断が「いいかわるいか」というような総合的な判断によるということだと思います。それは多くの人が共有する率が高いということでしょう。「いいものはいい」ということでしかないような気がします。理屈ではないし、分析しても意味はない要素が高いということが好きです。芸術に順番をつけたり値段をつけたりするのはあまり好きではないので、Kantが述べている趣旨とは違うかもしれませんが、そう思います。

私は芸術的才能はありませんが、芸術は好きです。直感(intuition)はいつも大事にします。そのために、このような日記も綴って考えます。aestheticsはその意味で大切にしています。


残花あり 私の美学 それもよし