2024年12月31日火曜日

形而上学 / metaphysics 2024年12月31日(火)

形而上学とは、「形(物理、自然)の上にある学問」という意味で使われるようになったようです。ギリシャ哲学から発展し、英語では、metaphysicsで、meta(それ自身、それを超えるもの、超など) + physics(物理、自然)という複合語で、形而上学とほぼ同じように語が作られています。成り立ちを知っていると、わかりやすいと思いますが、「形而上」という熟語がわからないとピンと来ないでしょう。metaphysics = physics about physicsというような意味です。

Metaphysics.comに次のような説明があります。

  • Metaphysics acknowledges and respects the beauty in ALL of God’s Creation.
  • Metaphysics is religion without dogma.
  • Metaphysics does not explore religious beliefs and laws created by man, but rather, it explores the immutable laws of nature, set by The Creator, God/Universal Presence, in the creation of the Universe.
  • Metaphysics is a branch of philosophy that studies the ultimate nature of existence, reality, and experience without being bound to any one theological doctrine or dogma.
  • Metaphysics includes all religions but transcends them all.
  • Metaphysics is the study of ultimate cause in the Universe.
  • Metaphysics is the only science capable of inquiring beyond physical and human science.

この考えによると、「物理や自然を超えた哲学、神学、宗教、世界など」を総じてmetaphysicsと言っているようです。日本では、形而上学は哲学で、特に存在論(ontology)を主に扱っているようです。ごく一般のシロウトからすると、とっつきにくいことばです。形而上学は日本でも宗教と関連して考えることも当然です。

こうしてみると、形而上学とmetaphysicsはほぼ同じ意味で使われています。しかし、私には、metaphysicsのほうがやはりわかりやすいように感じるのです。たぶん、形而上学という用語が哲学と関連して、何か難しい言い回しであり、存在論や認識論を扱い、形而上学は弁証法とも関連して難解な印象を刷り込まされていたからでしょう。

日本は、古来から仏教や中国思想を取り入れてきました。漢字は難解で、その難解な漢字が読めて意味が理解できることが学問であるという文化できたような気がします。明治からは、それがドイツ語になり、フランス語になり、英語になり、さらにはラテン語になり、同様の文化が中心になりました。それぞれを言語を漢字に翻訳し、かえって難解にしました。哲学用語、医学用語、科学用語などがそれにあたります。

現在は、専門用語は日本語にあえて訳さず、そのまま使うか、カタカナ語あるいは略語として使う傾向があります。これはこれでまた難しくなる部分もあります。私の個人的な考えでは、英語は英語のまま、あるいは、それぞれの言語はそのまま借用するほうが適切ではないかと思うようになっています。日本語は崩れるかもしれませんが、それぞれが並行しつ使われる時代になりつつあるように考えています。


大晦日 あるべきようわ 形而上