2025年1月7日火曜日

仕事始め / beginning of work 2025年1月7日(火)

昨日は多くの人にとっての仕事始めと報道されていました。仕事納めがあり、仕事始めがあります。会社勤めの人にとっては、年末年始とお盆が一年の大きな休暇だということです。2025年のお正月休みは、例年に較べて長い休みだったそうです。

しかし、退職した私にはまったく実感のないことです。さらに言えば、大学という場所で仕事を始めてからは、休みと仕事の境が不明確になり、多くの人とは違う生活をしていたかもしれません。また、海外によく行くようになり、日本以外の人と付き合うようになり、働き方も多様だと理解するようになり、働く時間はかなり少ないのがふつうだなと思うようになり、私自身もそのように考えるようになりました。

しかし、通信の発達により、いつでもどこでも仕事から離れない状況がふつうになり、私は便利だと思いましたが、その便利さを排除することが「休み」ということのようです。多くはメールを受け取らないというのが「休み」とつながるようです。少子化が問題となっている日本は、さまざまな対策をとっていますが、「休み」や「ゆとり」がやはり少ないことが大きな要因になっていると思います。

ワークライフバランス(work-life balance)という表現がよく使われます。豊かになっている証拠だと思いますが、現状では、そうとも言えません。仕事が中心で生きている人はたくさんいます。生きるために働く、働かなければ生きていけない、働きたくても働けないなど、仕事は生活の中心です。年金生活の私は、なんとかそれでもやっていけますが、病気やケガをしたらどうなるだろうと、やはり不安です。ワークライフバランスは考える必要のない年代ですが、一つの憧れです。しかし、ライフワークバランスが望ましいのは言うまでもありません。

仕事が人生でなく、どう生きるか、どう生きたかが、大事だと思います。日本は、働き過ぎ、と昔から評判です。というよりは、会社のために働くという会社人生が悪評です。私は仕事に対する意識や会社のあり方、雇用に対する社会意識が問題だと思っています。会社の上下関係は、学校における先生生徒、先輩後輩などの延長であり、戦前の軍隊の社会構造がいまだになくなりません。互いに尊敬し合う社会は重要ですが、店に来る買い物客に対して、「お客さまは神様です」などという考え方が主流であることは間違いです。

このYouTubeの話はアメリカとの比較ですが、一概にバカにできない日本の働き方を話しています。真摯に反省する意味はあると思います。仕事始めの昨日、神田明神に会社関係の人がお参りに行っているニュースを見ました。「やめた方がいい」と私は思います。


初春に いつもと同じ わたしかな