2024年12月2日月曜日

Newspaper 報道と新聞 2024年12月2日(月)

 新聞の役割はいつまで続くのでしょうか?私の家では新聞をとっています。朝日新聞です。どこかに行って新聞を読むときは、日経新聞を読みます。しかし、日本の新聞は大きくて読みづらさを感じています。2000年になってから英国に行くことが多くなり、そのサイズに慣れてから、そう思うようになりました。しかし、新聞はどこの国に行っても高くなり、なおかつ、買わなくなりました。


英国の新聞の売り上げは、無料のMetroを除き、ほぼすべて減収です。これは、ほぼ世界的な課題です。大きくはインターネットの普及によるものです。確かし、無料で情報は得られ、便利です。YouTube、Social Mediaも含めると、多くの人はほぼそこから情報を得ているように思います。私のその一人です。受信料を払いたくない人は、テレビも見ません。兵庫県の知事選の結果は予想されたことでしょう。

財務省は次のようなコラムを出しています。

ーー新聞事業の位置付けーー

・新聞は、とりわけ日本において、マスメディア業界の中核を成してきた。

・日本における新聞の発行部数は年間約3,085万部で、他の先進国と比して顕著に多い。また、日本における新聞の情報信頼度は、他の先進国と比して高水準にある。

・日本では、情報源としての重要度において新聞はテレビやインターネットに劣後している一方、メディアとしての信頼度はインターネットを大きく上回り、テレビも僅差で上回っている。

・以上のとおり、日本の新聞は、発行部数において他の先進国を大きく上回る規模を有するとともに、信頼度においても高い水準を有しており、質・量ともに国内のマスメディア業界において存在感を発揮している。

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しかし、その悲惨な現状を述べています。このような現状は見過ごすわけにはいかないでしょう。メディアも業態を変えて生き延びを考えているようです。問題は、これまでジャーナリズムを支えてきた新聞やマスメディアの変質にあると考えています。確かに、公正、公平など信頼性や妥当性における報道のあり方は、はたしてそうなのかと思わせる報道がときどきあります。今までもおそらくそういうことはあったと思いますが、一人ひとりの人が多くの情報のリソースに触れることができないので、マスメディアを信頼することしかできなかったのです。現状はそうではなく、混乱しています。

世の中を動かす動機は意外に共通しています。歴史を見ればそれは明らかです。あまりにも多くの情報があると人は混乱します。また、ある力によって周りが動くと逆らうのはむずかしいということも事実です。私にも少なからずそのような経験があります。退職したいまは、そのような嫌な経験をしなくてよいのでこんなことも書けます。メディアには注意するために、この日記も綴っています。

さて、そうは言っても新聞はとっています。理由は妻がゴミの処理などに必要だからということです。私はトイレの友として新聞を読みます。興味あるものだけ。サイズをトイレ用に小さくしてほしいというのが差し迫った希望です。個人的には紙やプラスチックは使わないように努力しています。余分なものは無くすべきと考えています。が、次のようなビデオもあります。

12月 ふりかえらずに 明日を見る