2024年11月30日土曜日

夢を生きる 2024年11月30日(土)

明恵上人の『夢記』はよく知られています。しかし、そこで大切なことは40年ほどもそれを記録したことでしょう。この日記も始めてから3ヶ月ちょっととなりました。気楽に始めたことですが、朝に少し時間をとって、見直すことなく書き殴りをすることで、それほど負担にならず続けられています。しかし、40年も続けることはできません。

夢は年齢が増すにつれてよく見ている印象です。というよりは眠りが浅いので、おぼえていることが多いのでしょう。今朝見た夢は目覚めたときはよくおぼえていましたが、これを記録している現時点では忘れました。これまでしてきた教育関係の仕事をしていて、嫌だなと思いながら目が覚めて起き、寝床で起きる準備をして携帯や本などを眺めているとすべて忘れます。ただ夢を見たという記憶だけが残ります。

明恵上人が夢を記録したのは、たぶんその貴重な夢に関連する事実と思考を記録して修行の一つとしたのでしょう。釈迦とつながら自分の思考を整理していたのではないかと思います。人生の中でずっと仏教の道を歩き、仏教を通じて、釈迦に近づこうとした一途な生き方が多くの人を引き寄せたのでしょう。宗派などを起こさず、「阿留辺畿夜宇和」を追求したということだと私は勝手に思っています。

『夢記』自体の中身には私はあまり興味はありませんが、夢と言えば、 Sigmund FreudとCarl Jungのことがすぐに浮かびます。今日の心理学、精神分析学にとって、その礎を作った重要な二人です。私は若い頃Jungをよく読みました。河合隼雄などもよく読みました。集合無意識やマンダラなどの考えなどに興味を持ちました。Jung はいわゆる西欧的な科学にもとづくアプローチではなく、東洋的な考え方をする人だと思いました。それに対して、Freudはいわゆる科学的な姿勢を貫いた人だと思います。データをもとに人の心的活動を記録し分析して分類したのだと思います。夢は分析の結果と解釈で治療に結びつけたと思います。Jungは明恵と同じように自己を分析し、その自己の経験から夢を解釈していきました。夢はそのような総合的な人の心的活動の産物と理解していたのではないかと思います。

これは、私の勝手な理解で、そのように、明恵、Freud、Jungを理解し、私の思考の安定を図っています。

さて、夢ですが、Freudは、"I must affirm that dreams really have a meaning and that a scientific procedure for interpreting them is possible."と言っているそうです。Jungは、"The dream is a spontaneous self-portrayal, in symbolic form, of the actual situation in the unconscious…The dream is specifically the utterance of the unconscious."と言っているそうです。微妙に違いますが、いずれも夢には意味があり、人のこころの一部で、それを解釈することには意義があるということを言っています。私もそう思います。

こころは、脳の活動の一部であり、見えないものです。見ようとして見える人は自分しかありません。自分の経験を記録としてことばにして、解釈しようとすることは、何かの役には立つと思いますが、その作法やコントロールをうまくすることが大切だと考えています。その点から、私は夢を記録して追求しようとは思いません。私の場合は、生活の中で経験する種々雑多な複雑な思いを、ちょっと沈めてくれるのが夢の働きの一部と考えて、夢の全体的な印象だけを大事にします。その意味で、最近はよく夢を見ます。


夢の中 師走近くに 探しもの



2024年11月29日金曜日

Domnica Radulescu & International Women's Day (IWD) 2024年11月29日(金)

Domnica Radulescuという作家がいます。その作家の本、Train to Triesteを読みました。昔ロンドンで買った本を暇を見て読んで、読み終わると処分しようと在庫の本を整理しています。そうです。不要の本を整理してます。終活です。Amazonで買うと、3000円くらいする本です。しかし、大学を退職するときに、学生にほしい本は持っていっていいよと1年ほど言っていましたが、誰も手に取らなかった本です。

よく知らない作家だったので、調べました。

Domnica Rădulescu is a Romanian-born American writer of novels,[1] plays and books of literary criticism. She is the author of three novels: Train to Trieste (Knopf, 2008), Black Sea Twilight (Transworld, 2010) [2] and Country of Red Azaleas (Twelve, Hachette Group, 2016). She has also authored numerous books and edited collections on theater, east European literature, exile literature, representations of women and humor. ーhttps://en.wikipedia.org/wiki/Domnica_Radulescu

読んだ感じでは、私小説のようなテンポのよい話です。

少し気になったのでもう少し調べると、International Women's Day (IWD)に関連して話をしているビデオがありました。

International Women's Day (IWD)は3月8日です。ウェブを見ると長い歴史があります。テーマは、「Accelerate Action」となっています。なぜ3月8日に設定されているかというと1917年のロシア革命に由来すると言われています。日本でも同様に「国際女性デー」ということで活動しています。

Domnica Radulescuの小説にも、その点は描かれていますが、実に逞しく人生に立ち向かっていく姿は素敵に見えます。性については生物学的にも社会学的にも必ずしも明確に役割が決まっているわけではなく多様です。特に人間社会においては多様で区別することができにくくなり、平等に公平にという方向性が出ています。しかし、すべての人がそうなるわけではなく、貧しい国や、政治的思想的には理想通りにはいきません。豊かな国でもかえって複雑になり差別的な行為はなくなることはありません。

Train to Triesteはラブストーリーです。17歳の多感な頃のまま自由に生きることを願いますが、体制がそれを許さない。その葛藤の中で行動し、いつまでもその多感な頃の気持ちを持ち続けるという話と受け取りました。これって大切なんだと思います。


鳥渡る イタリア旅で トリエステ 



2024年11月28日木曜日

PFAS 2024年11月28日(木)

PFAS(Perfluoroalkyl and Polyfluoroalkyl Substances)の話題は、以前から騒がれています。合衆国では、EPA (The Environmental Protection Agency) が PFASは危険であるとして水道水から排除すべきと言っています。また、WHOは次のようにPFASを説明しています。

the collective name for a large group of fluorinated compounds, which are used in a wide range of applications, such as aerosol propellants; solvents; pesticides; antifoaming agents; surface treatments for textiles, leather, masonry and paper and board; leveling agents in paints, coatings and waxes; plastics; lubricants and greases; and fire-fighting foams.

簡単に言えば、私たちの日常にこれまで使われてきた素材の中にふつうに使われてきた化学物質ですが、日本では有機フッ素化合物と言われ、英語で「forever chemicals」など、分解しにくい物質として当初より危険があるとして注意されてきました。どの程度人体などに影響があるかはわからないのが危険であるとして合衆国などでは禁止される傾向にあります。

日本では、その動きが鈍く、ようやく騒ぎ出したということです。これっていつもそうです。よほどの被害が出て、訴訟にでもならない限り行政は動かない。あまり過敏になって、合衆国のように訴訟社会になるのも問題ですが、日本は日本でどうにか変わってほしいと思います。

さて化学はしろうとですが、PFASには、perfluorooctane sulfonate (PFOS) とか perfluorooctanoic acid (PFOA)とか多くの化学合成物質があります。日本語に訳すことも不可能になり、このように英語の名称をそのまま、あるいは、カタカナや略語でどんどん増えています。役に立つものもありますが、そうではないものもあるでしょう。このような傾向は良くないことだと思います。自然界にない人工化学物質が限りなく生成されることは、どうなのだろうと思います。

新型コロナウイルスなどもそうです。人間が人工的に作ったとも噂されています。そのような兵器も製造されます。私の人生はもう少しで終わり、そう心配することもありませんが、その先はどうなるのでしょうか。

PFASについては、多くのリソースがあります。どれを信じて良いのかということにも注意する必要がありますが、とりあえず、私自身は気をつけなければいけないことだと現時点では思っています。そのためには、英語による情報が一番早く、国際的機関の情報がある程度信用性が高いでしょう。今後注視されていくことを期待します。

秋澄むや 目には見えない PFAS怖い




2024年11月27日水曜日

Shakespeareとiambic pentameter 2024年11月27日(水)

Wordsworthが亡くなった日は、奇しくも、Shakespeareと同じ4月23日です。だからどうのということではないですが、詩と言えば、Shakespeareは英語という言語の基盤をつくった偉大な劇作家です。しかし、Shakespeareの認知度はやはり薄くなっているようです。ということで、私の知る範囲のことを書いておきます。

Shakespeareの生地は、Stratford upon Avonです。最近はしばらく行っていませんが、20年以上前は毎年のように行っていました。高千穂大学の学長をしている寺内一先生がそこに住んでいたこともあり、イングランドの外国語教育や外国語教師の調査のかたわら、Royal Shakespeare Theatreで訪問する度に芝居を見ていました。

初めて訪れたのは1991年だったと思います。Henry IVを見ました。予備知識があまりなく英語もよくわかりませんでしたが、戯曲を読むよりは舞台の方が英語はわかるとそのとき思いました。高校に勤めていた際に、冬休みの休暇を利用して、同僚と3人でレンタカーを借りて、スコットランドとイングランドを巡りました。若かったと思いますが、それがUKとの出会いでした。以来、縁あってUKは何度も訪れる国となりました。来年も行く予定です。

さて、Shakespeareの韻文(verse)と言えば、iambic pentameter(弱強五歩格)というリズムです。大学の頃に教わりましたが、いまだに上手くできません。日本語とは違い、英語は、発話する際に、音の強弱(stress)、高低(pitch)などに気をつける必要があります。発音に厳しい人はやたらとこだわります。私はあまり気にしません。が、Shakespeareの芝居からは見習う面が多々あります。

ShakespeareについてはRoyal Shakespeare Company (RSC)のウェブサイトがとても役に立ちます。たとえば、結婚式で引用される表現が紹介されています。

My bounty is as boundless as the sea,

My love as deep: the more I give to thee,

The more I have, for both are infinite. 

(Romeo and Juliet, Act 2 Scene 1)

Shakespeareがもう少し注目されることを期待しています。


冬木立 シェイクスピアに また会いたい




2024年11月26日火曜日

William WordsworthとDaffodils 2024年11月26日(火)

 詩人はたくさんいます。個人的には、英詩といえば、William Wordsworthをすぐに思い起こします。イングランドのLake Districtに30年ほど前に家族と訪ねたときに、Dove Cottegeなど、その世界を知りました。懐かしく思い出します。私のようなしろうとでも知っている有名な詩があります。Daffodilsです(と思っていますが、今の若い人はあまり知らないようです)。

I wandered lonely as a cloud

That floats on high o'er vales and hills,

When all at once I saw a crowd,

A host, of golden daffodils;

Beside the lake, beneath the trees,

Fluttering and dancing in the breeze.


Continuous as the stars that shine

And twinkle on the milky way,

They stretched in never-ending line

Along the margin of a bay:

The thousand saw I at a glance,

Tossing their heads in sprightly dance.


The waves beside them danced; but they

Outdid the sparkling waves in glee:

A poet could not but be gay,

In sich a jocund company:

I gazed--and gazed--but little thought

What wealth the show to me had brought:


For oft, when on my couch I lie

In vacant or in pensive mood,

The flash upon that inward wye

Which is the bliss of solitude;

And then my heart with pleasure fills,

And dances with the daffodils.

浪漫的なとても美しい詩で、春に英国に行くとdaffodilsはあちらこちらに咲いています。日本のさくらのような感じでしょうか。

William Wordsworthは、こちらも有名なSamuel Taylor Coleridgeと出版したLyrical ballads, with a few other poems (1798)という詩集が有名です。その中にウェールズにあるTintern Abbeyを読んだ詩があります。こちらも家族で訪れたことがある廃墟となった修道院です。大塚英語教育研究会の先生たちが企画したツアーで訪ねました。詩の冒頭の部分は次のようになっています。

Lines written a few miles above Tintern Abbey


Five years have passed; five summers, with the length

Of five long winters! and again I hear

These waters, rolling from their mountain-springs

With a sweet inland murmur. —Once again

Do I behold these steep and lofty cliffs,

Which on a wild secluded scene impress

Thoughts of more deep seclusion; and connect

The landscape with the quiet of the sky.

.....

自然を愛するWordsworthらしい詩です。英語を学ぶことは、ことばを学ぶと同時に、ことばが表す意味を考えることが重要です。発音、語彙、文法や技能が重視されるのはある面で仕方がないかもしれません。ことばが使われる意味や背景はもっと注目される必要があります。Wordsworthの詩は、私にそれを教えてくれています。


冬浅し ワーズワースを想い 旅に馳せる







2024年11月25日月曜日

T. S. Eliotと詩 2024年11月25日(月)

     A Summary of The Waste Land by T.S Eliot


このビデオで説明されているのは有名な長編詩 The Waste Land です。このビデオの説明でほぼ概要はわかりますが、私もきちんと読んだことはありません。時代を反映していたことは間違いありません。ここでは特に触れません。

T. S. Eliotは、以前に取り上げたミュージカルCatsの元となった子ども向けの詩集、Old Possum's Book of Practical Cats(『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』) を書いたマルチな人(a poet, a critic, a dramatist, an editor, a publisher)です。英文学では著名な人で、私の世代の人はほぼすべての人が知っていると思います。practical catsは「実際にその辺にいるそこいらの猫」という意味だと思います。

T. S. Eliotは、アメリカで生まれたアメリカ人ですが、英国イングランドに国籍を変えています。詩集には次の詩が集録されています。

"The Naming of Cats"

"The Old Gumbie Cat"

"Growltiger's Last Stand"

"The Rum Tum Tugger"

"The Song of the Jellicles"

"Mungojerrie and Rumpelteazer"

"Old Deuteronomy"

"(Of) The Awefull Battle of the Pekes and the Pollicles (Together with Some Account of the Participation of the Pugs and the Poms and the Intervention of the Great Rumpus Cat)"

"Mr. Mistoffelees"

"Macavity: The Mystery Cat"

"Gus: The Theatre Cat"

"Bustopher Jones: The Cat about Town"

"Skimbleshanks: The Railway Cat"

"The Ad-dressing of Cats"

"Cat Morgan Introduces Himself" (added in the 1952 edition)

このような情報は、Poetry Foundation を参照しています。その使命は次のように書かれています。大切にしたいと思いました。「ことばの力」は大事にしたいと思いますが、それは正確さとか日本語を大切にするということではないでしょう。

The Poetry Foundation recognizes the power of words to transform lives. We work to amplify poetry and celebrate poets by fostering spaces for all to create, experience, and share poetry.

谷川俊太郎氏が死去しました。私は特別好きでもないですが、「ことばの力」を考え続けた詩人だと思います。合掌。詩人は最近あまり注目されなくなりました。私は詩作はしませんし、才能もないのですが、一応注目しています。昔知った詩で、いつも思い出すのは長編詩 The Waste Land を訳した西脇順三郎という人の「天気」という詩です。

(覆された宝石)のやうな朝 

何人か戸口にて誰かとささやく 

それは神の生誕の日。

上手く説明できませんが、こころに残っています。私はこのようなかわいた感じのことばが好きです。それは、短歌よりも俳句に通じるような気がして好きです。

この日記では、俳句に挑戦しています。批判されても続けていきます。楽しいです。


ひだまりに ねこといっしょだ 小春かな


2024年11月24日日曜日

教師という仕事 2024年11月24日(日)

 教師という仕事は複雑です。教師という仕事は誰にでもできるし、誰でもが社会の中では教師として機能しています。教師ということばは簡単に言えば「教える人」のことです。この日記でも折に触れ教育を語っています。理由は、私自身がそれにずっとかかわって、いまだにかかわっているからです。自分をふりかえればよかったと思います。人にあれこれ指図されず、利潤を追求する必要もなかったし、いつも若い人たちと接してこられたのは幸せでした。それと、英語教育などの自分が学びたいことに携われたことは後悔していません。しかし、現状の「教員不足」の問題は残念でなりません。

公立学校の教員採用試験の倍率が低調だったと新聞報道にありました。採用試験を前倒ししたり、教職調整額を上げたり、労働時間を削減したりなど、働き方の外形が盛んに議論され、本末転倒だと思います。おそらくますます悪化していくだろうと思います。

大切なことは何かということをもう少し議論して改善したほうがいいと考えます。それは、教育の本質でしょう。教育は何のためにあるのか、何を目指すのか、教育の何が大切なのか、多くの人が望んでいる教育とは何かなど、きちんと議論して実践することです。教師の役割は、教育政策をただ具現化する人でもなければ、学校の目標を実現するための歯車でもありません。教師は私企業の会社人でもないし官僚でもないのです。

法的にどうのこうのと言っても解決にはなりませんが、教育基本法では、

第九条 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。

2 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。

とあります。教育基本法はまっとうなことを言っています。

私なりに解釈すると次のようになります。

教育にたずさわる教員は、学ぶ人に対して責任のある仕事です。教員は、その責任の感じ、必要な知識や技能を高め、そのための時間や機会を保証され、学習者の一人として児童・生徒ともに間違いながらも、いっしょに考えながら、教育の最前線で活動することに生きがいを感じることができる人と思います。外形ばかりに目を向けるのではなく、実質を大切にしてもらいたいです。

小学校、中学校、高校、大学という教育の場は、退職した今では、少し外側から見られるようになりました。多くの教師はそのために努力して楽しんでいます。しかし、楽しめない教師もそれなりにいます。その背景は、労働時間や給料などではなく、職場環境や人間関係や児童・生徒との向き合い方の問題です。「働き方改革」というのは、量ではなく質の問題として解消していくことが課題だと思います。関係ない人が議論していても埒があかないでしょう。

私が思うには、教師の裁量を柔軟にし、教師が自律して教育に向かえるようにすることが大切だと思います。教育は効率化や合目的的にしても上手くいきません。学びは多様で自由に柔軟に、社会は公平に、誰一人取り残さないインクルーシブを基本とするのが、世界の教育の流れです。教師はAIではありません。むずかしい問題ですが、次のビデオの人が本当にその後も楽しく生き生きと活躍できることが解決の糸口と思います。

先日文部科学大臣の不登校児童や保護者に対するメッセージがありました。言っていることは正しいことで批判するわけではありません。が、文部科学省の上意下達的な姿勢が教育を歪めている可能性があります。文部科学大臣の声が教育委員会に伝わり、校長から各教員へ、ということではなく、一人ひとりの教員の自主性や自律性を尊重していただくことが改善への一歩だと思います。

ちょっと長くなりました。


騒げども 教師の仕事は 冬めける





2024年11月23日土曜日

新嘗祭 2024年11月23日(土)

   【えいごにふれよう!11月】勤労感謝の日

本日は、勤労感謝の日です。英語では、Labor Thanksgiving Dayとでも言うのでしょう。この時期は、アメリカなどでは、Thanksgiving Dayが祝われます。今年は11月28日(木)です。その次の日を、Black Fridayと言っています。日本でもこの習慣がビジネスに入り、セールなどをするようになりました。しかし、ちょっと屈折しているのでよくわかりません。

Thanksgiving Dayは、収穫などに感謝する日で、日本でももともと新嘗祭として収穫を祝っています。それが、勤労とついているので、少し意味合いが違います。さらに、アメリカでは11月の第4木曜日をThanksgiving Dayとして、七面鳥を食べる風習があり、その翌日が金曜日で、一気にクリスマスに向かう年末ムードになります。アメリカという国の象徴的な行事となっています。

収穫や労働に感謝することは多くの国で異なる方法でやっています。日本はアメリカに倣う傾向があり、アメリカで行われることが世界と考えてしまうことが多いですが、世界はもっと広く多様であるということを理解することは大切です。それでも祝い事は多い方がよいという日本の国民性は、私は好きです。お祭りごとが好きで、メモリアルなことを大事にすることは悪いことではないです。が、意味もわからず騒ぐのはちょっと考えものかと思います。

Thanksgiving Dayというと、いつも、昔いっしょに働いていた ALT(Assistant Language Teacher)としてアメリカのLAから来たDave Ohashiさんを思い出します。とてもいい人で、11月に七面鳥(turkey)を買ってきて、学校で料理してくれました。生徒もいっしょに食べて、アメリカ文化を意識させてくれたことがあります。スーパーをまわって七面鳥を探したのをおぼえています。その頃には七面鳥がけっこう売っていたのも驚きでした。

Thanksgiving Dayは、北米では清教徒(pilgrims)としてアメリカに渡ったとされる1621年の収穫祭に端を発しています。キリスト教のプロテスタントとして祭日であり、家族で祝う象徴的なイベントです。今回のトランプ大統領の再選にも関連するアメリカという国を象徴する行事です。キリスト教徒ではない私にはやはり少し理解がむずかしいです。


ありがとう 11月23日 きょうです



2024年11月22日金曜日

ボスニア・ヘルツェゴビナ 2024年11月22日(金)

ボスニア・ヘルツェゴビナ(Bosnia & Herzegovina) はバルカン半島にある国で、歴史的にはさまざまな出来事があり、現在も落ち着かない地域です。私は、ちょっとした縁があり、何度か訪れた国です。きっかけは、2010年ごろに日本に来たLidija Piskerの調査に協力したことから始まりました。

ボスニア・ヘルツェゴビナは、地域の名称からボスニア人とクロアチア人からなる10のカントン(県)から構成され、セルビア人のスルプスカ共和国(Republika Srpska)と合わせて構成されています。歴史的にかなり複雑で、1990年初頭のユーゴスラビア解体による紛争により、その後の統治は課題が多いようです。詳しいことはよくわかりませんが、住んでいる人は、生活には満足していないようです。

教育交流を2011年からはじめ、以後ヨーロッパに行くついでにほぼ毎年訪問しました。サラエボ大学、他の地域の教育委員会や学校などに訪問して、英語教育を中心に、CLILという教育について実践的に交流しました。2017年には大学生を連れて、現地サラエボ大学などで日本語を教えている宮野谷のぞみ先生や異文化理解教育や平和教育を推進しているLarisa Kasumagic先生のお世話で1週間ほど滞在し、交流を深めました。

その後現地の学生さんと交流を少し続けましたが、大学の協力は得られず、また、コロナのためにストップしてしまいました。私自身は機会があればまた行きたいと思っていますが、現在は休止しています。しかし、この10年の間に、日本との交流は着実に広がっているようです。行けばわかりますが、かなり魅力的な国です。国の事情はさておき、人はやさしいし、食べ物は美味しいし、安全です。若い人はほぼ英語を話せる状況で、イスラム教に関しても寛大です。ぜひ今後交流して行きたいと思っています。

次のビデオは10年以上前に訪れた際の授業研究の際のビデオです。サラエボの小学校で互いに授業をして、研究協議をしました。当時は、lesson studyの研究をしていました。


ボスニア・ヘルツェゴビナとの授業研究は貴重であると思いますが、退職とともに過去のものとなっています。しかし、今日でも、異なる国での授業研究や教師の連携は重要だと思い、継続して実践研究をしています。「生きた」記録でしょう。

いつまでも サラエボの秋 我にあり


2024年11月21日木曜日

りんご  2024年11月21日(木)

An apple a day keeps the doctor awayはよく知られている英語のことわざです。でも、日本のりんごはでかいので1個食べるのはたいへんです。りんごは、好きなくだものです。というよりは、いつも身近にあったもので、なじみがあったということでしょう。しかし、最近はあまり食べません。理由は、簡単で大きすぎるということです。私は、小さいりんごが好きです。

日本のりんごは、最近美味しいですが、大きく、そして高いです。近頃は、他のくだものも、美味しく、値段が高く、見栄えがよくなりました。いいことかどうかはわかりませんが、私は、小さく酸っぱいりんごが好きです。

りんごの歴史は古く、りんごは世界中にあります。しかし、少しずつ文化が違います。日本のりんごは文化はちょっと欧米とは違うように思います。いいかわるいかは別にして、考えさせられます。

いろいろな意味で英国(イギリス)に行くことが多く、ヨーロッパでは総じて小さいりんごが多く、安いというイメージがあります。量り売りが多く、多少気づついていても、あまり気にしません。場所によっては、りんごの木も多く、道端にりんごが落ちていて、鳥の餌になっています。

昔、家族でイングランドを訪れているときに、apple ciderを作っている場所を訪れ、試飲をしました。そのときそれがアルコール飲料だとは知らずに娘が飲んでしまい、フラフラとしたのをよくおぼえています。ciderは基本的にアルコール飲料のことだとそのとき知りました。国によって違いますが、りんごはそのように利用されることが多く、アップルパイにしたり、加工することが多く、1個をかじって食べるのがふつうのようです。私はそれが好きです。


ふるさとは りんごをかじり 思い出す


 

2024年11月20日水曜日

中国は広い  2024年11月20日(水)

いいニュースです。中国は隣の国であり、広大な国です。日本とは古くから交流があり、日本は多くの影響を受けてきました。しかし、属国となったことはなく、したたかに付き合ってきました。一時期、西欧列強が中国の混乱に乗じて利権争いしている間に、日本が中国に進出し満洲国を成立させ、中国との関係を悪化させ、日中戦争を始め、日本はさらにアメリカ、イギリスなどと太平洋戦争を始め、敗れます。中国は共産党が支配し、日本が植民地としていた 台湾に国民党が移り、さらには、朝鮮半島が北と南に分かれ、紆余曲折しながら、中国と日本は、政治的にはむずかしい状況にありながらも、経済的に文化的に民間の交流は続いています。私は、教育関係で交流している一人です。早く安心して中国に行きたいです。

上記の理解は、多少間違いがあると思います。専門家ではないのでご容赦ください。地図にマークした場所が私がこれまで東アジアで訪れたことがある場所です。コロナがなければ、もう少し多くの場所を訪問できた予定でしたが、現在は途絶えています。

私は、中国とはもっと交流すべきだとずっと考えています。中国に対して悪いイメージを持っている人も多いですが、私の印象は違います。多くの人は親切です。私は一人で街中を歩き回るのが好きで、英語も話せる人が多く、英語や日本語ができなくても、日本人であっても、好意的に対応してくれます。しかし、政治的にはどうもうまく行かない。香港も何度も行っていましたが、中国政府の圧力が強くなり、制限されるようになってからは一度も行っていません。また、自由に行き来ができることを願ってやまないのです。

理由は、学ぶことが多いからです。韓国もそうですが、古来から日本は多くのことを中国から学んでいます。明恵上人も中国ではないですが、その先の釈迦の生まれた天竺(インド)に憧れていました。戦国時代の頃までは中国が世界と言ってもよいでしょう。私がかかわっている英語教育にかんしては、中国は急速に発展しました。そのスピードは凄まじいものがあります。台湾や韓国にすぐに追いつきました。

もちろんさまざまな問題もありますが、私は協力しあって発展することを望みます。台湾の問題も、民間の間では経済的な部分で中国本土と一時期うまくやっていました。現在でもその関係はそうずれてはいないはずです。政治の問題は複雑ですが、視点を変えれば互いの発展のためにうまくやっていけるはずです。期待したい。


中国は 冬の日にあり 遠い春 


2024年11月19日火曜日

神父と牧師  2024年11月19日(火)

教師としてのさいごの職場がプロテスタント系の大学でした。しかし、私はまったくキリスト教には縁がなく、短い期間でしたがあまりよく理解しないで過ごしました。一度だけ説教というのをお願いされてしましたが、何のために話すのかもよくわからず好きなことを話しました。また、宗教的な行事にも何度か参加しました。が、とてもよい教育をしていたので意識したことはありません。

今回は少しキリスト教(Christianity)おさらいをしたいと思います。 身近なところでは、カソリック(Catholics)とプロテスタント(Protestants)と大きく二つに分かれています。世界史でも言及されるので、ルターの宗教改革などとして知られていると思います。ルターは聖書をその教えの柱として、ローマからの伝統的なカソリックから分かれとされています。カソリックは「すべてを抱える」(catholic = including a wide variety of things; all-embracing)というような意味です。プロテスタントは「抵抗する」というような意味です。evangelical, gospelなど、キリスト誕生とかかわる「福音(good news)」をもとに、多様性をまとめています。

カソリックは、バチカンの教皇(the Pope)を中心としています。教皇はイエスの最初の弟子ペテロ(the Apostle Peter)に由来します。聖職者には、主教(bishop)、司祭(priest)、執事(deacon)とあり、総じて神父(father)と言っているようです。プロテスタントは、聖職者を牧師(minister, pastor)と呼んで、既婚や女性も含みます。

信者ではないのでよくわかりませんが、カソリックとプロテスタントはかなり違うようです。また、プロテスタントは総称的な用語でかなり複雑です。儀式など(sacraments)も、たとえば、洗礼(baptism)や聖体や聖餐(the Eucharist)もカソリックとプロテスタントでは異なります。

The Myth of Religious Wars


ヨーロッパに行くと、いわゆる教会や大聖堂など観光します。背景があまりわからないので詳しくはわかりませんが、ときどきミサなどにも参加することがあります。基本的に誰でも受け入れてくれるので興味深いです。しかし、みなさんとても平和的な人が多いのに、すべての宗教は争いにも熱心な歴史があります。聖書を読んでそう思いました。戦いの記録です。神も戦うわけですから、争いは終わらない。でも、平和はみなさんが望むことです。


冬めくや ふとふりかえる 巳の年


2024年11月18日月曜日

メディア  2024年11月18日(月)

メディアリテラシー(media literacy)という言葉がだいぶ以前から使われてきた。この言葉は、一般的に、テレビ、ラジオ、新聞、インターネットなどのマスメディアをどう理解し、利用するかということです。しかし、メディアがますます多様化し、複雑になり、規制がない限り、よくもわるく効果的に利用されるようになった。いわゆるソーシャルメディアがその力を発揮している。

昨日兵庫県知事選の結果が出た。結果がどうであれ民主主義が適切に評価した結果で受け入れる必要があるが、これほどリテラシー能力が重要になっているとは思いませんでした。アメリカ合衆国の選挙もしかりです。

リテラシーについては多くの情報がありますが、私は英語で理解していることが重要だと思っていますので、一つ例を出します。Future learn (https://www.futurelearn.com/info/blog/what-is-media-literacy) は次のように説明しています。

ーーー

What is literacy?

We can define literacy as the ability to identify, interpret, understand and communicate. Literacy skills include the ability to read, write, speak and listen effectively.

ひじょうにシンプルです。問題は、何をどう見つけ、考え、理解し、どう伝えるかです。

So, how do these two words tie together? 

Media literacy is the ability to understand information that is presented to us and respond appropriately. We need to make a conscious effort to understand how all forms of media are created and consumed. 

Young people, in particular, tend to spend large amounts of time browsing social media apps each day.

現在、携帯などを利用する人は、ソーシャルメディア(日本ではSNS)の情報を見る人がほとんどです。

Media messages are the intended information

The media we consume also has the potential to evoke important changes – big or small. 

そして、ソーシャルメディアはメッセージ(messages)と効果( effects)を持っていることを理解することが大切です。

ソーシャルメディアは良い面も多々あります。そうではない面をよく理解している必要があります。

Fake news, Media bias, Mental health concerns, Internet and media accessなどなど。理解するだけではなく、危険性に対応できる能力も重要です。

どう利用するかには、次のようなアドバイスをしています。

  • Analyse and evaluate media content 
  • Create content
  • Act based on your knowledge
  • Educate yourself on media literacy
  • Practice your skills
  • Question the media you consume
  • Algorithmic literacy 

ーーー

しかし、それほぼ簡単ではないと思います。それほど頻繁に利用しない人が上記のことを実践するにはハードルが高いでしょう。知らず知らずのうちに巻き込まれてしまいます。

考えてみれば、マスメディアでも当然ソーシャルメディアと同じようなことが行われています。現在はそれがより複雑になっているということでしょう。かつての日本もドイツもそうでした。ごくふつうの市民はそれに流されます。人間というのはそういう生き物で誰も止めることができません。その特性を理解し、それに沿って生きていくしかない。


木枯らし ソーシャルメディア 寒い朝



 

2024年11月17日日曜日

俳句 haiku  2024年11月17日(日)

この日記のさいごに、ずっと俳句を添えて、練習しています。俳句は好きですが、習ったことはありません。だから、俳句を知る人には、駄作と言われるでしょう。駄作とは気にせず練習する、練習するなかで気づく、気づいて考える、修正する、また俳句を作る、というように、楽しんでます。

俳句は、Haikuとして英語でも認知されるようになってます。英語だけではなく、多くの言語でも同様です。「短い詩」としてかなり以前から世界で愛されるようになっていました。高校の教員をしていたときから、ほそぼそと興味を持ち、ときどき Haikuを作る活動を英語学習の一部として取り上げることもあります。

Sam Kenchという人は、What is a Haiku — Definition, Examples and Structure Explainedで定義などを別に示しています。" ...  less is definitely more" とhaikuの特徴を捉えています。このほかにもウェブ上には多くのhaikuの情報があります。

たとえば、New to HaikuというWebサイトがあります。そこでは、定義は確立していないと言っています。が、現状の英語のhaikuには次のような傾向があると言っています。

  • The poems have a total of seventeen or less, usually ten to twelve syllables.
  • They are typically written in three lines.
  • They are often written in the pattern: short line/long line/short line.
  • They are often divided into two asymmetrical parts: a one-line fragment and a two-line phrase.
英語では、syllablesという音節の単位で考えますが、日本語はmoraという拍という単位で考えます。言語学的にはよい練習になります。また、行とか型、季語、写生など、日本語と英語、日本の文化、思考などをふりかえるのにも、よい学習となります。


私は、ただ趣味として、また、頭の体操として俳句を作っています。英語の俳句もときどき作ります。

立冬や 暖かさ続くも 床に居る

Winter begins now
Climate warming still maintains
However, I'm in bed









2024年11月16日土曜日

続けることと歯周病  2024年11月16日(土)

この日記を始めてから3ヶ月経ちました。大きな病気や怪我もなく続けられたのは感謝です。適当に始めて、適当に終わるのがいいと考えているので、別に何も決まりはありません。ちょっと時間があると、思いついたことを書くことにしています。昨日は歯医者に行ったので、歯のことを書きます。

歯は大事だと思ってある程度手入れしていましたが、(向かって)右上の奥歯がもうダメのようです。歯周病ということです。歯周病は、periodontitis、 あるいは、一般的に、gum diseaseと英語で言います。歯の周囲の痛みということですが、症状(symptoms)は次のとおりです。

Swollen or puffy gums. ◯

Bright red, dark red or dark purple gums.  

Gums that feel tender when touched.  

Gums that bleed easily.  

A toothbrush that looks pink after brushing your teeth.

Spitting out blood when brushing or flossing your teeth.

Bad breath that won't go away.  

Pus between your teeth and gums.  

Loose teeth or loss of teeth.  

Painful chewing.  

New spaces that develop between your teeth that look like black triangles. 

Gums that pull away from your teeth, making your teeth look longer than usual, called receding gums.

A change in the way your teeth fit together when you bite.  

ほとんど当てはまります。定期的に歯医者に行き、チェックしていたのですが、進行し、歯にヒビが入っているそうです。もう抜くしかないようです。原因は、歯垢(plaque)です。歯医者さんからは、よく手入れしていると言われていましたが、どうも手入れの仕方が悪かったようです。

World Oral Health Day (WOHD) というのが設定されているそうです。次は、2025年3月20日です。これを機にもう少しきちんと歯の手入れを継続したいと思います。


朝寒や 歯にも染み入る 水一杯