2024年10月31日木曜日

研究6 (英語教育4ー終わり)  2024年10月31日(木)

英語は何のために学習するのか?「教養か実用か?」という論争が一時期盛んでした。最近はほぼありません。当時と状況は変わったと言えば、変わったでしょう。インターネットの発達、AIの発展など言語学習に対する環境は大きく変わりました。学校や教師という場の機能が変わっています。しかし、変わらない部分が多々あります。

相変わらず試験のための英語学習が主流です。受験、資格検定などが目的となっています。単語をおぼえる、文法の正確な知識を学ぶ、標準的なアメリカ発音を正確に身につける、英語を読んで正確に日本語に訳す、あるいは、その逆、英文を正確に暗誦する、正確に聞き取る、などの活動が依然としてあります。つまり、英語を学習することの意味や目的があまり変わらないのです。

実態として、「ペラペラと話すだけでは、間違った英語を身につけてしまう」「意味のないコミュニケーション活動は無駄だ」などとして、英語を読んで正確に訳す活動は、英語の理解や考え方を身につけるのに必要だ」などと文法訳読活動は多くの授業で散見されます。先生も生徒も、既存の教科書とワークブックを活用して学ぶことを重視し、テストのために学ぶという傾向があります。

もちろん、このような英語学習ではなく、意欲的な取り組みをしている授業もたくさんあります。つまり、実用に供する英語学習となっています。それでも、教養を大切にする考え方も根強いのが実態です。

私自身の英語教育に対する現在の考え方は、CLILという教育を基盤にすることです。CLIL自体は、ヨーロッパで普及している科目と言語の学習を統合するカリキュラムです。日本では事情が違うのでそのままではうまく行きません。CLILを、日本の言語教育状況と伝統的な教育観を考慮して、教養と実用を併せて学校教育に取り入れることが、一つの解決となると考えています。つまり、多機能教師(言語と科目などを統合して指導する教師)を育成することです。

英語は必要です。日本語も必要です。さらには、日本も次第に多言語になっています。それは多文化でもあります。それらを統合していくと、CLILという考え方は、日本の科目の縦割りを柔軟にして、教師教育の多様化を図ることに役立ちます。現在は、2020年に小学校に英語科目が導入され、英語は英語教師しか教えられないという縛りは外れました。小学校の先生は英語を教えてかまわなくなったわけです(実態は複雑ですが)。ということは、教師が担当する科目は免許外の科目も事情により教えることは可能なはずです。多機能教師(言語と科目などを統合して指導する教師)を育成することで、これまでの縛りから抜け出せると考えています。詳しくは下記を参照してください。

大学退職時に調査した報告書参照:

「多⾔語多⽂化に対応する多機能教師教育の可能性:英語教育の視点から」

ハロウィーン 明日は11月 万聖節





2024年10月30日水曜日

研究6 (英語教育3)  2024年10月30日(水)

ふつうの授業をすることについて、もう一言。英語の教師には、学習指導案を作る作業が必須とされます。目標があって評価がある。その展開を予定通り進めるために、教材や教具を用意し、活動を考える、すべての活動にめあてを設定し、それを評価し、次の活動につなげる、というような計画と実施をもとに、より効果的に授業を展開するということです。大学の教科教育では、そのようなトレーニングをします。教育実習でもそのようにすることが理想的には求められます。私の時代はそうでした。

この授業は英語教師にはよく知られているとてもよい実践です。私も生徒が活発に活動している様子を見ました。これはデモなので型通りにやっていますが、実際は少し違い、それぞれの先生の工夫があります。しかし、よく計画された授業です。

英語の授業は、英語であいさつ、やりとりで始まり、復習とその理解の確認、その活動をもとに新しい内容(語彙、文法、発音や教科書理解など)へと英語で誘い、それをもとに言語活動を実施し、ふりかえりを図り、次の授業へとつなげる、という典型的な英語授業の指導を、多くの場合します。「英語の授業は英語でするものとする」というような学習指導要領の趣旨が前提としてあります。しかし、現状はさまざまです。

日本の場合は、中高の場合は生徒数が40名が標準ですが、少人数化は少しずつ導入され、30名程度になりつつあります。しかし、それでも多く、効率よく指導することが求められます。また、一時期よりは、すべての生徒に同様の指導が一律に求められ、学年全体が統一の評価のもとに相対的に行われることが基本のようになっています。そうでないと不公平ということになってしまいます。中学校の場合は、内申書が重視される傾向があり、高校進学を重視する場合は、それはたいへんです。

他の国を見た場合はどうでしょうか?東アジアは日本と同様な対応が強いですが、欧米ではあまり感じたことがありません。英語の場合は、使えることが優先されます。大学進学のための統一テストはありますが、内容も知識重視はではなく、技能重視です。使えなければ大学で授業が受けられないからです。英語圏の場合は、外国語は受験とはあまり関係がなく、その進路による傾向があります。国によってもちろん違いがありますが、総じて、ただ大学に行くということではなく、目的によって進む進路の違います。私が感じる限りでは、大学の名前で選ぶということはあまり大きな動機とはなっていないように思います。

ということで、ふつうの英語授業というのは、学習指導要領でも述べている通り、「英語でコミュニケーションができるようにすること」です。学習指導要領には細かく書いてありますが、それは指針なので、それに一々従う必要はありません。教師がしっかりと考えて、生徒に適した指導をすることです。発音も語彙も文法も、4技能の活動も、すべて必要です。しかし、それらを完璧に授業でする必要はありません。一人一人ひとりがそれをもとに自分で自律的に学ぶことを支援することが大切です。

たった1回の授業の指導案を綿密に作って計画に沿って授業を展開するよりも、その都度生徒が疑問に思ったこと中心に支援すること、目標は目標であり柔軟に対応すること、一人ひとりはすべて違うので、その点を尊重し、教師の役割はそれを支援することなどに留意し、生徒の成果は生徒が努力したことであって教師が自慢することではないのです。ただ日々ふつうに指導することを心がけるということが大切です。そのために、自分に知識や技能はもっともっと深める必要があると思います。

これはフィンランド(ヘルシンキ大学)の教師教育の様子です。何度か訪問して調査した私の印象とほぼいっしょです。私にとっての「ふつう」とはこのようなことです。「何もしない」という意味ではありません。教師がしっかりとした考えを持って指導できる環境を大事にすることです。文部科学省、教育委員会、校長など上からああしろこうしろというのは、ほぼ意味がないと思っています。

私は、そのように考えて教師を続けています。この日誌もそうです。


10月も そろそろ終わり もの思う



2024年10月29日火曜日

研究6 (英語教育2)  2024年10月29日(火)

           How to become fluent in Japanese in 2024

このビデオは日本語をどう学ぶかということです。同じようなことをしていますが、日本の英語学習の仕方とはやはり少し違います。参考になります。現在はこのような多言語学習について興味を持っていますが、その経緯を書きます。

ふつうに言語(英語)教育をすることが大切と考えるようになりました。しかし、それは、英語を学習の対象として教える従来のいわゆる知識を重視した語彙や文法に焦点を当て、読解と和訳という活動に終始するのではありません。明治以来、あるいは、それ以前の漢文の伝統に由来します。それはそれとして価値のある学習形態ですが、それとは違うふつうの言語学習を探求しています。

理由は単純です。英語がなぜか高尚で頭のよい学習であるかのような文化が日本にはあると感じたからです。英語ができると「すごい」、英語を話しているアメリカ人やイギリス人を見ると引け目を感じる、あるいは、憧れを感じる、など、いつの間にか劣等感を感じ、「英語ってすごい」という雰囲気ができているような気がしました。ましてやフランス語やドイツ語もそうかもしれません。しかし、中国語や韓国語にはそれはありません。おかしいと、私は感じていました。そこで、「ふつう」に言語を学ぶことの大切さを大事にしたいと思いました。

私の世代は、英語は大学に行くための受験科目でした。単語をおぼえ、文法の知識をつけ、読解力や英作文力をつける、という学習です。話す、聞くはほぼありません。しかし、大学で教職を目指した際に、発音、語彙、文法などの仕組みを学び、聞く、読む、話す、書くという技能、教師となり、さらに、コミュニケーション力という考え方に触れ、少しずつ言語学習を理解するようになりました、しかし、意味のない活動には違和感がありました。その頃から、先生がテンポよく英語を使い、英語で活発に活動する活気のある授業づくりが流行しました。上手にできる教師は注目され、教師に芸人の要素が重要となりました。私も努力しましたが、私にはそのような才能はないと感じました。また、私の環境はそうではないことの方が重要だと強く感じました。私の仕事は、生徒の学習意欲を高め、それを支援するために、よい指導のあり方を考えることと考えたわけです。

一時期、ALTとよくいっしょに授業をしました。打ち合わせはさらっと、あとはその場その場でやりとりしながら、進めました。生徒はALTと話したがるので、それを大切にしました。また、文化や背景などの時間もとりました。気づいたことは、生徒は話の中身に興味を持っていることでした。自然と生徒の興味に応えるようにしました。つまり、ふつうに英語を使い、学ぶことを大切にしました。授業は見栄えのするようなものでは当然ありません。

その積み重ねが、今に至っています。

その点から、言語(英語)授業がどのようになっているかという実態を知りたいと実践的な英語授業を研究の対象としました。簡単に言うと、授業の臨床(clinical teaching)を研究の対象として、実態を知りたいと思い、日本、周辺諸国、欧米など、機会があれば出かけて行って授業を観察し、教師と話をしました。その調査は、私のteacher cognitionの研究の一環ですが、それだけではなく、実態を知りたいと思いました。理由は、高校教師の頃はそのような暇はほとんどなかったからです。

途中は省略しますが、私にとってはこれが最も役に立った研究です。結論を簡単に言うと、「教師が楽しく教えると生徒の楽しく勉強する」「授業は多様で柔軟である必要がある」「教師と生徒との良好な関係性が大切」「学びを強制せず引き出す」「生徒の興味関心を大事にする」「わかりやすい、質問しやすい環境」「社会的ルールを大切にする」というような当たり前のことです。

あるがまま 学びも教えも 桃を食む







2024年10月28日月曜日

研究6 (英語教育1)  2024年10月28日(月)

      Communicative Language Teaching (CLT)



これは、Communicative Language Teaching (CLT)についての一つの考えです。コマーシャル用のビデオです。言語教育(英語教育)のスタンダードな考え方です。

英語教育は、私の本流の研究です。しかし、理論ではなく実践が主たる興味です。私の興味は、地道な英語学習とその改善です。その点から、英語を教える教師の考え方や行動にずっと興味を持ってきました。理由は、パフォーマンスが嫌いだったからです。私が高校教師になった頃は、カリスマ的な教師がもてはやされました。英語が上手、教え方がうまい、生徒を惹きつける、おもしろい、成績を伸ばす、など。見栄えがする先生が注目されました。もちろん、それは才能と努力があるので当然です。よいことです。が、私は地味な教師でした。

しかし、地味でも授業についてはよく考え、工夫しようとしていました。私以外にも多くの先生はそうでした。私はそのことに注目して、「授業の達人」というような考え方にはあまり賛成ではありませんでした。私自身は教員として英語の知識や技能が不足していたので、文学、語学、教育学など幅広く勉強するようにしました。もちろん、言語学習の理論的なことも知見を深めるようにしました。特に興味を持ったのは、コミュニケーション・ストラテジー(communiation strategies)でした。もっと英語をふつうに使えるようにするにはどうしたらよいかという発想です。多くの人は、英語の発音、語彙、文法などの言語の知識や「読み書き聞く話す」などの技能は不完全です。それにもかかわらず、理想的な英語の使用を英語学習の目標を目指して指導することが多々ありました。そのパフォーマンスが上手な人がモデルとなり、native speakerばかりがチヤホヤされる傾向がありました。

当時は、ALT(英語指導助手)が導入され、私も積極的に彼らと関わりました。海外留学などの経験のない私は、最初は重宝していましたが、次第にふつうに同僚としていっしょに働くようになりました。その頃から、教師は教師という姿勢は好まず、また、授業もきっちりとした指導案に基づいて科学的(?)に、というような方向性には疑問を感じ、言語のもとにある学ぶ背景と内容を大切にし、英語の見かけにはあまり興味がなくなりました。

私の興味は、映画、音楽、新聞、雑誌、ニュースなどの英語が実際にどう使われているかに興味を持ち出すようになり、インターネットなどのメディアに向かいました。英語教育は、基礎基本ももちろん大切ですが、英語がどう使われているかを学習者がもっと知る必要があると思ったからです。しかし、英語の学習教材は、その蘊蓄ばかりを重視し、ただ英語がふつうに使われているという実態を提供していない可能性がありました。私は、授業ではできる限り、そのような素材を提供するように工夫しました。

例えば、。。。

(続く)

人生は こころの旅と 秋の空



2024年10月27日日曜日

衆議院選挙 General election 2024年10月27日(日)

 本日は用事がありましたので、簡単に選挙のことを書きます。本日は衆議院総選挙ということで、すでに投票しました。選挙する権利を得てから何度投票したでしょうか?比較的真面目に行ってます。NHKの英語放送では次のように報道されています。

      Japan goes to polls on Sunday for general election

エストニアはICTが進んでいる国で有名です。数年前に訪ねてましたが、実感しました。投票もインターネットでやっているそうです。小さな国なので比較的やりやすいのかもしれませんが、若い人の投票率が低い日本では一つの有効な改善策でしょう。しかし、日本はいつまで経っても従来のやり方を踏襲しています。

投票所は、送られてきた投票券(?)を示し、担当の人が確認し、小選挙区の投票用紙を渡され、投票。次に比例区と裁判官の用紙を渡され、それを投票。投票所には係の人と、多くの人が立会いにとして座っていました。投票している人はそれほど多くなかったです。おそらく最近は事前投票が多くなっているのでしょう。

このやり方は長年変わっていません。安全なのでしょうか?インターネットを利用してエストニアのようにやってもできないことはないはずです。どれだけの人件費が節約できるのでしょうか?しかし、選挙でお金を儲ける人もいるので、なかなかやめられないのでしょう。

人が動く、イベントがある、お金が回るなど、システムが一度できると、そう簡単に変えることができません。変えるとなると、そこでまたお金が回る必要があるのでしょう。私は経済も経営もよくわかりませんが、人の営みとしては、政治も経済も重要です。戦争も災害もない方がいいですが、人の歴史ではなくなることはありません。今日はぐちで終わります。

雁がゆく 選挙は祭り 明日は何処


2024年10月26日土曜日

阿留辺畿夜宇和とSDGsと私の課題 2024年10月26日(土)

この日誌も不思議と続いています。阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)を基本として、「生きた」とタイトルをつけて現象学的に思うままに綴ってきました。楽しいですね。

SDGsはざっと復習してみました。一つの指針として提言し、状況を数値で示している点は納得ができます。貧困や飢え、環境、平等、教育、経済など、17の目標と169の具体的な目標や239の指標は、ほぼすべての解決すべき課題を明確に示し、何かちょっとした活動をする際に、きっかけとふりかえりとして使えると思います。すべてに対応できなくても、いま目の前にある課題に取り組むことでいいと思いました。

近頃、本はほぼ買いません。置く場所がないからです。私の現状の課題は、退職して不要になった本などの資料の廃棄です。広く言えば、終活(end of life planning)です。しかし、とりあえず、それほど大袈裟ではありませんが、狭い部屋の本を片付けなければいけません。専門分野の書籍は、ほぼ不要なのですが、手許から離したくない気持ちに駆られます。その気持ちの揺れで結局捨てないでそのまま残っています。

特に、処分する書籍の課題は、いろいろな国で購入した教科書です。分析に使ったりしたものもありますが、時間ができたら分析しようと思い収集した教科書がたくさんあります。多くは大学を退職するときに処分しましたが、大切な教科書だけ家に置いておきました。よく考えてみたら、退職してからも時間がなく、また、そのようなリサーチもあまり意味がない気がしたので、結局手がつきません。捨てることにしていますが、。。。

そんな感じです。自分がこの世からいなくなれば、ほぼ私の所蔵している書籍は不要です。他の研究者にも書籍を譲ろうとしましたが、手放すのにも躊躇して現状に至っています。あと5年ぐらいの間に読んでいない本は読んで、必要な人に譲り、あとは引取り業者にさいごは渡すことになるでしょう。何のために研究してきたのかなとつくづく思います。

阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)は、この日誌の最初の方で書きました。明恵上人は、おそらく多才な人で、また、自分について深く考え、また、世の中についてもよく考え、「今を生きる」を追求した人だと思います。SDGsをざっと考えると、この世は複雑で自分が意図したようにはならず、諦めるしかないと思うことが多々ありました。それでも一歩一歩やるしかないので、とりあえず、何をしたらよいのか、何をすべきか、どう生きるかを示したのが、阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)だと思っています。SDGsの17の目標は、その中で、何に関心も持ち、どうかかわるかを示す指標だと思います。

確かに、SDGsについて騒いでいるのは日本だけかもしれません。また、SDGsについては異論もあります。が、批判は批判として大切です。議論はすべきです。私もビジネスにSDGsが利用されるのは反対ですが、ビジネスでSDGsに関心を持つことも重要と思います。問題はおもしろおかしく議論して、それに惑わされても困ります。事実として問題はあるからです。議論に惑わされず、自分自身の立ち位置をしっかりと持つことが重要で、そのためにもSDGsは意義があると、私は思います。

私は、私として特に何ができるわけではないので、ただ自分が関わった教育に少しでも貢献できるように、また、自分自身を追求するために、本を読み、考え、行動するだけです。そのために、明日から部屋の書籍に目を向け、考えましょう。

ハロウィーンか 心ざわざわ 本を読む  



2024年10月25日金曜日

SDG 17 Partnerships for the Goals パートナーシップで目標を達成しよう 2024年10月25日(金)

これでさいごになります。SDG 17の目標は、 Partnerships for the Goals (パートナーシップで目標を達成しよう)です。詳しくは、Strengthen the means of implementation and revitalize the Global Partnership for Sustainable Development(持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する)という目標です。少しわかりにくい目標です。具体的な目標には、Strengthen domestic resource mobilization, including through international support to developing countries, to improve domestic capacity for tax and other revenue collection(課税及び徴税能力の向上のため、開発途上国への国際的な支援なども通じて、国内資源の動員を強化する)です。resource mobilization(いろいろな資源を利用すること)はビジネス用語だと思いますが、その指標は、Total government revenue as a proportion of GDP, by source(GDPに占める政府収入合計の割合(収入源別))、Proportion of domestic budget funded by domestic taxes(国内予算における、自国内の税収が資金源となっている割合)です。それぞれの国がそれぞれの資源を互いに協力して利用し経済をよくしようというような目標のようです。

概要を見るとよくわかります。

経済的に格差がある世界の現実がよくわかります。互いに協力する必要は確かにあります。が、どうすればいいのかはとてもむずかしい気がします。ODA (Official Development Assistance)とは、開発途上国の経済や社会の発展を支援するために提供する資金や技術協力のことですが、日本のODAJICAは相当に貢献しています。ODAは、開発途上国または国際機関に対し、資金(贈与・貸付等)・技術提供することです。すべて無償ということではありません。開発途上国は、概要にあるとおり、債務が膨らみ、スリランカのように返済できなくり、債権国になってしまう場合もあります。

パートナーシップは、SDGs全体にかかわる協力体制だと思いますが、現状の世界を見ると、紛争などでは、国連は機能不全になっていて、パートナーシップどころではないようです。SDGsが提案されてから現状では危機的な状況になっています。問題は山積みですが、諦めるわけにはいかないので、できる限り応援していくことが、私のような老人の役割かなと考えています。

こうして 17のSDGsをざっと眺めてきると、正直な話、2030年までに達成できない目標ばかりです。日本ではSDGsがあちらこちらで話題にされていますが、多くの国ではそれほど話題になっていないのが現状です。国連の活動が次第に薄れていきますが、こうして国連が関心を示し、調査し、提案していることは、それでも重要です。

秋深し パートナーシップは 人と人





SDG 16 Peace, Justice and Strong Institutions 平和と公正を すべての人に 2024年10月24日(木)

SDG 16の目標は、Peace, Justice and Strong Institutions (平和と公正を すべての人に)です。Promote peaceful and inclusive societies for sustainable development, provide access to justice for all and build effective, accountable and inclusive institutions at all levels(持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する)という目標では、institutions(制度、機関)に言及している点が特徴だと思います。目標の一つには、Broaden and strengthen the participation of developing countries in the institutions of global governance(グローバル・ガバナンス機関への開発途上国の参加を拡大・強化する)とあります。その指標は、Proportion of members and voting rights of developing countries in international organizations(国際機関における開発途上国のメンバー数及び投票権の割合)です。現実的には、この点は重要ですが、やはり、国の存続や安定が途上国が、制度や機関に参加することはハードルが高いのが現状でしょう。

概要は次のようにまとめられています。


ここにまとめられているデータを見ると、紛争、難民、児童人身売買などで被害に遭う人々がたくさんいるということにショックを受けます。ただそれを非難するだけでは問題は解決しない。制度やそれを監視し抑制する機関がないといけないということです。権力を握る人間がそこに関与し、多くの人は何もできず翻弄されています。SDG 16はその点を指摘しています。

日本は、戦後の平和教育のおかげで80年近く戦争に巻き込まれてはいない国です。これは尊重していく必要があります。が、世界のさまざまな事情については少し疎いかもしれません。実態を知ることは重要ですが、児童人身売買についてはあまり話題になりません。やはり、背景をきちんと知る必要があると思います。それでも次のようなビデオは貴重だと思います。しかし、ただ知るだけではなく、関わることも大切です。そのためには、英語でSDGsを理解することは大切だと思っています。

秋日和 地球を感じ 空を見る




2024年10月23日水曜日

SDG 15 Life on Land 陸の豊かさも守ろう 2024年10月23日(水)

SDG 15の目標は、SDG 14の海に続いて、 Life on Land(陸の豊かさも守ろう)です。日本語では「豊かさ」が入っています。たぶん少し長い目標だからでしょうね。目標は、Protect, restore and promote sustainable use of terrestrial ecosystems, sustainably manage forests, combat desertification, and halt and reverse land degradation and halt biodiversity loss(陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する)と長くなっています。陸地は、私たちが暮らしているところですから、大事にしなくてはいけないのに、荒廃しているところが多いということでしょう。具体的な目標はたくさんあります。1番目は、By 2020, ensure the conservation, restoration and sustainable use of terrestrial and inland freshwater ecosystems and their services, in particular forests, wetlands, mountains and drylands, in line with obligations under international agreements(2020年までに、国際協定の下での義務に則って、森林、湿地、山地及び乾燥地をはじめとする陸域生態系と内陸淡水生態系及びそれらのサービスの保全、回復及び持続可能な利用を確保する)です。その指標は、Forest area as a proportion of total land area(土地全体に対する森林の割合)、Proportion of important sites for terrestrial and freshwater biodiversity that are covered by protected areas, by ecosystem type(陸生及び淡水性の生物多様性に重要な場所のうち保護区で網羅されている割合(保護地域、生態系のタイプ別))となっています。このような調査は達成されていると思いますが、荒廃が止まっているかどうかは別でしょう。

概要は次のようになっています。

この目標も決して達成されているわけではないようですが、それなりの効果はあるように思えます。新たに目標を立て、国際的に監視するシステムは継続しています。生物多様性(biological diversity)に関しては、the Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework (GBF)が2022年に提案されています。しかし、海もそうですが、陸も多くの課題を抱えていて、すべてを解決することはむずかしいと実感します。

日本に関して最近思うことは、畑や森林の保全と野生動物との棲み分けの問題です。熊、鹿、猪、猿など昔から人間と共存してきた動物たちとの生態のバランスが崩れていることが、気になって仕方がありません。里山がなくなった、森の食料が少なくなった、温暖化など、多様な原因が考えられます。日本の森林面積はそれなりにありますが、林業などの衰退により森の手入れが行き届かなくなった、地方の過疎化なども、一因と考えられます。

が、なんとかしなければとなると、結局、殺処分となるでしょう。野生動物は保護する必要があります。保護するということは、生息地を確保し、人間と共存することです。私たち人間の責任でしょうから、それなりの予算をつけて対応する必要があるでしょう。ちょっと考えただけでも、冒頭のビデオにあるとおり、問題は多々あります。

行く秋や クマも暴れる 温暖化





2024年10月22日火曜日

SDG 14 Life below Water 海の豊かさを守ろう 2024年10月22日(火)

SDG 14の目標は、Life below Water(海の豊かさを守ろう)です。この目標は、Conserve and sustainably use the oceans, seas and marine resources for sustainable development(持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する)となっていて、SDGsにとって特徴的な目標です。

具体的な目標には、By 2020, prohibit certain forms of fisheries subsidies which contribute to overcapacity and overfishing, eliminate subsidies that contribute to illegal, unreported and unregulated fishing and refrain from introducing new such subsidies, recognizing that appropriate and effective special and differential treatment for developing and least developed countries should be an integral part of the World Trade Organization fisheries subsidies negotiation(開発途上国及び後発開発途上国に対する適切かつ効果的な、特別かつ異なる待遇が、世界貿易機関(WTO)漁業補助金交渉の不可分の要素であるべきことを認識した上で、2020年までに、過剰漁獲能力や過剰漁獲につながる漁業補助金を禁止し、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金を撤廃し、同様の新たな補助金の導入を抑制する)と、2020年にすでに目標として達成している必要があります。漁業は、日本にとっては重要な生業です。守っているはずです。指標は、Degree of implementation of international instruments aiming to combat illegal, unreported and unregulated fishing(IUU漁業(Illegal(違法)・Unreported(無報告)・Unregulated(無規制))と対峙することを目的としている国際的な手段の実施状況)とあります。

概要は次のようにまとめられています。

まだまだ多くの課題があります。漁業については、ルールを決めても守らないということが問題です。そのルールを守る監視システムが必要になるということでしょう。海全体を監視するシステムは至難の技です。ビデオにもあるように「みんな」が「守る」意識がまず大切です。しかし、それは結局他のSDGsすべてを理解し監視しなくてはいけません。

多摩川を散歩すると、ゴミがたくさんあります。定期的に掃除するボランティア活動がありますが、機能しているようには思えません。大きなゴミは片付けられますが、小さなゴミの多くは海に流れて行きます。が、一見多摩川はきれいです。

水澄むや 多摩川歩き 海を想う 




 

2024年10月21日月曜日

SDG 13 Climate Action 気候変動に具体的な対策を 2024年10月21日(月)

SDG 13の目標は、Climate Action(気候変動に具体的な対策を)で、喫緊の課題です。SDGsでは多くの人が関心を持っていると思います。Take urgent action to combat climate change and its impacts(気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる)と具体的でわかりやすく、他のSDGsと密接に関連します。具体的な目標の第一は、Strengthen resilience and adaptive capacity to climate-related hazards and natural disasters in all countries(すべての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応の能力を強化する)で、その指標は3つあります。
  1. Number of deaths, missing persons and directly affected persons attributed to disasters per 100,000 population(10万人当たりの災害による死者数、行方不明者数、直接的負傷者数)
  2. Number of countries that adopt and implement national disaster risk reduction strategies in line with the Sendai Framework for Disaster Risk Reduction 2015–2030(仙台防災枠組み2015-2030に沿った国家レベルの防災戦略を採択し実行している国の数)
  3. Proportion of local governments that adopt and implement local disaster risk reduction strategies in line with national disaster risk reduction strategies(国家防災戦略に沿った地方レベルの防災戦略を採択し実行している地方政府の割合)
気候変動が原因と考えられる災害が、世界中のあちらこちらで発生しています。猛暑、洪水、干ばつ、山火事、台風、地震など、報道しきれないくらいあります。紛争などを加えると悲惨な状況です。

概要は次のとおりです。
SDG Goal 13: Climate Action (Weather and Science Connection)🌍 The Science Behind Climate Change



科学は確かに進んでいます。その力は大きいでしょう。それでも、地球の温度が上がり、海面が上昇し、災害が発生し、多くの国がその対策ができていません。ところが、その気候変動をとめる対策(温室効果ガスの削減など)は進みません。今年の日本のこれまでの様子を見ていると、誰もが危機感を感じるはずですが、国連主導の対策なども決して思うように進まないのが実情です。一人ひとりがどれだけ努力しても小さな力です。しかし、だからと言って、無視することもできません。世界中の多くの学校教育では、ほぼこのようなことを扱っています。適切な学校教育環境があれば、子どもたちは理解しているでしょう。グローバル企業も努力はしています。数値もそれなりに現れています。しかし、。。。。です。
SDGsのことを1から13まで、ずっと考えてきました。17までこの日誌で扱いますが、改めて見ると、よく考えられていると実感します。課題も明確ですが、逆に、改善するには、相当に困難で、複雑だと懸念します。政治、経済、社会、文化、教育などすべてに関連し、なおかつ、国や地域のエゴ、争い、豊さ、宗教、人種、民族などの違いにより、一つの方針が簡単に決まりません。国連があることは確かに重要です。が、その理想と現実は複雑で、対応するにはかなりのレジリエントな姿勢が重要だと感じます。SDGsは2030年が目標ですが、さらにそのまま持続するのだと思います。SDGsの何を重点として取り組むかなども考える必要でしょうが、やはり、私の立場からは、言語と文化についてそれぞれが具体的に対策し、コミュニケーションをもっと活発にすることが解決の早道ではないかと考えます。
秋の夜に 俳句を詠んで 季節感



 

2024年10月20日日曜日

SDG 12 Responsible consumption and production つくる責任 つかう責任 2024年10月20日(日)

 Sustainable Development Goal 12 |Responsible Consumption & Production | #sdgs #sustainability #farm


SDG 12 の目標は、Responsible consumption and production(つくる責任 つかう責任)です。詳しくは、Ensure sustainable consumption and production patterns(持続可能な生産消費形態を確保する)となっています。特に、最近では気候変動、自然資源の喪失、汚染、食品ロス、温室効果ガス排出0(net-zero emissions)などが懸念されています。私たちの消費や生産の責任はけっこう大きいです。目標の一つに、By 2030, substantially reduce waste generation through prevention, reduction, recycling and reuse(2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する)とあり、その指標は、National recycling rate, tons of material recycled(各国の再生利用率、再生利用量(t))です。廃棄物の発生という食品ロスは、比較的対応しやすい目標設定だと思います。

概要は次のようになっています。

消費や生産の責任の多くは高収入の国にあるようです。それなりの取り組みはしているにもかかわらず、環境には影響を与えています。一人が120キロもの食事を無駄にしているという数値は衝撃的です。

【聞き流し】つくる責任、つかう責任~SDG’s第12の目標~



SDG 12が重要なことはわかります。企業も努力しています。私の生活の中では、衣食住の環境はよくなっていることは実感しますが、着る物はリサイクルなどに出すこともありますが、ほぼ捨てます。食べ物も残さないように食べますが、食べ物を入れている容器や包装のゴミは相当な量が出ます。住まいに関しては、家具や電化製品はできる限り新しく購入しないようにしてます。研究用などの書籍も相当量ごみに出しました。古本などとして再利用される本は少ないです。結局、多量のゴミが出ます。

世の中の生産や流通の仕組み自体が問題なような気がします。たとえば、ポリ袋は使わないようにしても、多くの商品にはプラスチックが使われています。そのごみはリサイクルも奨励されていますが、道端や側溝や野原や川べりなどを見ればプラスチックゴミが相当量見つかります。各家庭やお店などから排出されるゴミは少なくなることはないような気がします。

ゴミがどのように消費されるかを詳しく知っている人はそれほどいないでしょう。私も詳しいことは知りませんが、廃棄するのがむずかしいような物が多摩川によく廃棄されています。ホームレスの人のゴミなどもそのままです。私が住んでいるあたりでは家の木の葉などもゴミとしてプラスチック袋に入れて捨てなければいけません。空き家となりボロボロになった家もあります。エアコンが壊れて修理したら買ったほうが安かったりしました。廃棄するにも費用がかかります。生産から消費されるシステムが持続的ではなくなっているように思います。

さて、昨日まで札幌で大学生のワークショップを開催しました。SDGsがテーマですが、教育や文化が話題です。ロシア、ベラルーシ、中国などの方も参加し、英語と日本語で考えました。内容は、私がかかわっているNPO CLIL-iteで報告すると思います。背景の異なる人が集まってワイワイと話すことは大切だと思いました。楽しかったです。

札幌や ところ変われど 秋は秋 








2024年10月19日土曜日

SDG 11 Sustainable cities and Communities 住み続けられるまちづくりを 2024年10月19日(土)

SDG 11の目標は、 Sustainable Cities and Communities(住み続けられるまちづくりを)です。日本語ではコミュニティーが消えていますが、「まちづくり」はいい言葉だと思います。詳しくは、Make cities and human settlements inclusive, safe, resilient and sustainable(包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する)という設定になっています。英語と日本語という言語の違いは、微妙に私たちの意味理解に影響を与えるようです。「まちづくり」と「都市」はイメージが違う気がするのは、私だけでしょうか?

具体的な目標の一つは、By 2030, ensure access for all to adequate, safe and affordable housing and basic services and upgrade slums(2030年までに、すべての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する)です。その指標は、Proportion of urban population living in slums, informal settlements or inadequate housing(スラム、インフォーマルな居住地及び不適切な住宅に居住する都市人口の割合)です。世界のある程度大きな都市にはスラムや貧しい住宅街があります。日本の場合は少し違います。ひょっとすると、住み続けられるまちの状態が違います。課題は状況を考えて理解し目標を設定する必要があるでしょう。能登の自信と大雨の被害はその脆弱性を露見しています。

概要は次のようにまとめられています。


SDG 11は、基本的には経済的に恵まれていない地域や国を想定しています。日本の状況とはかなり異なる状況です。しかし、世界的には、多くの人がある程度の基本的な生活をいまだに保証されていない状況ということを理解する必要があります。どうすればいいかというと、SDGs全体が求めている目標を総合的に考え、一歩一歩進めることでしょう。地球温暖化の阻止、紛争の阻止、話し合いの機会を大切にする、など、グローバルにローカルに考える必要がありそうです。

それとともに、日本の課題もきちんと見る必要があります。都会の空き家、地方の人口減少、相互の行き来、高齢者人口の増加にともなう社会の変革、若い人たちの教育と生きがいを支援など、身近なことをもっとていねいに考えシステムを変えていく政治と経済の好循環が必要です。現在のような大企業優先の社会では決してうまくいかないと思います。一人ひとりが豊かに慎ましく生きられるまちづくり、村づくり、コミュニティづくりがまず大事だと思います。

このビデオいいです。本日は、札幌の北海学園大学でもこれから、SDGsについて考えるワークショップをCLILの観点から行います。雨が降っていますが、午後は止みそうです。楽しみですね。

雨の日 紅葉の山 雲かかる




2024年10月18日金曜日

SDG 10 Reduced inequalities 人や国の不平等をなくそう 2024年10月18日(金)

 Sustainable Development Goals and LGBTI people's human rights | SDG 10: Reduced Inequalities.


SDG 10の目標は、Reduced inequalities (人や国の不平等をなくそう)です。Reduce inequality within and among countries(各国内及び各国間の不平等を是正する)という目標はわかりやすく、誰もが納得することでしょう。しかし、裏を返せば、そうはなっていない現状があるということです。具体的な目標の中には、By 2030, empower and promote the social, economic and political inclusion of all, irrespective of age, sex, disability, race, ethnicity, origin, religion or economic or other status(2030年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位その他の状況に関わりなく、すべての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する)があります。指標は、Proportion of people living below 50 per cent of median income, by sex, age and persons with disabilities(中位所得の半分未満で生活する人口の割合(年齢、性別、障害者別)です。

これは、ほぼ理想的で達成はできないと思います。目標として掲げることは重要かもしれませんが、あまりにも高い目標は絵に描いた餅となる可能性が高いです。ポイントは、指標に具体的な数値を示している点です。所得がある程度保証されることが、やはり不平等のきっかけとなります。豊かになれば、人は余裕が生まれ、つまらないことに目くじらを立てない可能性が高い。

概要は次のとおりです。


ますます格差は広がっています。特に移民や弱者や生活が安定していない人たちが被害にあっています。思いやる気持ちだけではどうしようもありません。

差別やいじめは根絶するのはむずかしいです。いくらルールを決めても、罰則を課しても、人間の感情はコントロールできません。嫌なものは嫌ということ、文化や習慣の違いということ、ルール自体が違うということなどは、それぞれが正しいと思っていることで、そう簡単には対立はおさまらないでしょう。問題は、暴力や社会活動の制限や干渉を強制的に与えることです。圧倒的に力の差がある場合は、他方に実害があります。死に至るかもしれません。これはよくない。冒頭のビデオは、LGBTI, LGBTQなどの課題にも言及しています。価値観としては認めたくなくても、社会的な権利として認めていくことは重要だと思います。

英語で不平等はinequality、それに対して不公平はinequityというのが妥当だと思いますが、なんでも平等で競争はなしなどと極端な傾向に走ることもありました。equalityは「違うグループでも社会的に同じ扱いを受ける権利(the right of different groups of people to have a similar social position and receive the same treatment)」(Cambridge dictionary)というような意味で使われるようです。それに対して、equityは価値としての公平さという意味です。SDGsの目標としては、やはりこの権利という面から明確にわかる不平等を解消しようとしていることでしょう。それは大切です。が、言葉だけで終わらないようにしたいものです。ガザの複雑な問題にも、このSDG 10が重要と考えます。ただいまガザは食べ物がないそうです。これは不平等ではないでしょうか?

Israel blocks 83% of food aid into Gaza



秋が来た 思い違いか 暑い日々



2024年10月17日木曜日

SDG 9 Industry, Innovation and Infrastructure 産業と技術革新の基盤をつくろう 2024年10月17日(木)

 Industry, innovation and infrastructure: A Dive into Sustainable Development Goal 9 (SDG9)


SDG 9の目標は、 Industry, Innovation and Infrastructure (産業と技術革新の基盤をつくろう)です。Build resilient infrastructure, promote inclusive and sustainable industrialization and foster innovation(強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る)と説明されています。あまりピンとこない目標です。具体的な目標には、Develop quality, reliable, sustainable and resilient infrastructure, including regional and transborder infrastructure, to support economic development and human well-being, with a focus on affordable and equitable access for all(すべての人々に安価で公平なアクセスに重点を置いた経済発展と人間の福祉を支援するために、地域・越境インフラを含む質の高い、信頼でき、持続可能かつ強靱(レジリエント)なインフラを開発する)とあり、その指標は、Proportion of the rural population who live within 2 km of an all-season road(全季節利用可能な道路の2km圏内に住んでいる地方の人口の割合)、Passenger and freight volumes, by mode of transport(旅客と貨物量(交通手段別))です。

冒頭のビデオにあるように、DEI (diversity, equity, inclusive)は、今日の社会では重要です。デジタル技術社会は基盤になっています。それがなければ私も困ります。この日誌もそのおかげです。しかし、このような技術は果たしてレジリエントかどうか少し疑問に思います。

日本ではほぼどこへ行っても道路は整備され、交通機関も発達していて、気がつかない目標です。しかし、地震や豪雨などに見舞われた能登のことを考えると、いかに道路や電気水道など社会の基盤となっている施設設備が大切かを改めて痛感しました。また、鉄道や公共交通機関なども地方ではますます削減され、地方は疲弊しています。ウクライナ、ガザなどを見ていても、紛争が終わったとしても悲惨な生活が待っていることは間違いがなく、なんでそんなことを平気でするのかと誰もが思うのに、人間の性なのでしょう。頭悪いとしか思えないことを平然とする権力者が次々と出てくるのはなぜなのでしょう。

概要はまたまた悲惨な状況を示しています。



2022年の段階から現在はもう少し改善しているでしょうが、何かあれば、製造業はコロナなどにより大きく影響を受けています。便利になることは大切ですが、産業や技術の発達は少し考えなければいけないような気がします。AIは便利だということで、AIにばかり頼ることは問題だと思います。

人間の手で勘弁に修復が可能な施設設備を用意しておくことも大切ではないでしょうか?古くから長く使われてきた伝統的な技術はレジリエントでもあり汎用性が高いように考えます。このSDGの目標は地味ですが、すべてにかかわることです。

漆塗り 能登ももうすぐ 一年




2024年10月16日水曜日

SDG 8 Decent Work and Economic Growth 働きがいも経済成長も 2024年10月16日(水)

Decent workは、日本語として「人間らしい雇用」と表しています。decentの辞書的な意味は、「(of people or behaviour) honest and fair; treating people with respect (誠実で公平、人を敬意を払って扱う」(Oxford dictionary)となっています。適切な日本語は難しいですが、ILOは次のように述べています。

opportunities for men and women to access decent and productive employment characterized by freedom, equity, security, and human dignity   

具体的な目標の一つは、By 2030, achieve full and productive employment and decent work for all women and men, including for young people and persons with disabilities, and equal pay for work of equal value(2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一価値の労働についての同一賃金を達成する)指標は、Average hourly earnings of female and male employees, by occupation, age and persons with disabilities(労働者の平均時給(性別、年齢、職業、障害者別))、Unemployment rate, by sex, age and persons with disabilities(失業率(性別、年齢、障害者別))です。検証しやすい目標だと思いますが、地域によっては実現がむずかしいようですが、このような目標設定があれば、少しずつ改善されると期待します。

しかし、概要は厳しい状態を示しています。


Decent workとはほど遠い現実がありますが、地域による格差は避けようがありません。世界的には新型コロナ感染は落ち着きましたが、なぜか日本は後を引いています。不思議です。紛争は止みません。SDGsの構想は、これらによって多くの目標が絵空事になりました。
Decent workは、SDGsにとって要で、これがうまくいけば多くの課題が解決するはずです。しかし、それができないという事実を、私たちはもっと真剣に考えなければいけません。

衆議院の総選挙が始まりました。それぞれが政策を掲げていますが、私自身は、Decent workはキーワードだと思います。「働きがい」は少しニュアンスが違いますが、多くの人がdecentに働くことができる経済社会が営まれるようになることを、政治は目指してほしいと思います。decentではない伝統的な仕組みや考え方を見直すよい機会だと思います。

爽やかに 選挙に行ける よい暮らし  



2024年10月15日火曜日

SDG 7 Affordable and Clean Energy エネルギーをみんなに そしてクリーンに 2024年10月15日(火)

       Tracking SDG7: The Progress Report 2024



SDG 7の目標は、  Affordable and Clean Energy(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)です。Ensure access to affordable, reliable, sustainable and modern energy for all(すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する)と詳しく目標が設定されています。affordableは辞書などで「(価格が)手頃な」という意味で説明されます。また、環境などの話題で、affordanceという用語が使われることが多くなりました。「環境が与える意味や価値」という意味で、アフォーダンスなどとカタカナで使われることもあります。ここではおそらくそのようなニュアンスも含まれる意味で使われているように思います。

具体的な目標の一つに、By 2030, increase substantially the share of renewable energy in the global energy mix(2030年までに、世界のエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大させる)とあります。指標は、Renewable energy share in the total final energy consumption(最終エネルギー消費量に占める再生可能エネルギー比率)です。カギはやはりrenewable energyですが、どうも思うようにいかず、原子力エネルギーに向かっているようです。

概要はそれを裏付けていると思います。


原子力発電所は、Fukushimaの事故で世界中が学んだはずでしたが、時が経つにつれてみんな忘れて、SDG7を後ろ盾に化石燃料削減の最も現実的な選択として利用を進めようとしています。ここでも原子力のことは触れていません。
あの時の経験から、無駄なエネルギーを使わないようにすれば、なんとかやっていけるのではないかという方向性も生まれたと思いますが、その後の紛争の連続でどこかに行ってしまったようです。

この夏の猛暑のために相当の電力エネルギーを使いました。それがなければ死んでしまうので、背に腹は変えられません。地球温暖化ためにも化石燃料の使用は削減しなくてはいけません。しかし、森林火災は激しくなり、二酸化炭素は排出します。人口は増えます、世界は分断され、国連の力はますます弱くなり、一度決めたことも守られません。人間はどこまで行っても愚かです。しかし、それが人間です。

せめて、少しずつ貢献できるようにはしていきたいと、微力ですが、思う次第です。


柿食べて 昔を思う 空と雲