この日誌も不思議と続いています。阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)を基本として、「生きた」とタイトルをつけて現象学的に思うままに綴ってきました。楽しいですね。
SDGsはざっと復習してみました。一つの指針として提言し、状況を数値で示している点は納得ができます。貧困や飢え、環境、平等、教育、経済など、17の目標と169の具体的な目標や239の指標は、ほぼすべての解決すべき課題を明確に示し、何かちょっとした活動をする際に、きっかけとふりかえりとして使えると思います。すべてに対応できなくても、いま目の前にある課題に取り組むことでいいと思いました。
Hundreds of books found in DeWitt school recycling
近頃、本はほぼ買いません。置く場所がないからです。私の現状の課題は、退職して不要になった本などの資料の廃棄です。広く言えば、終活(end of life planning)です。しかし、とりあえず、それほど大袈裟ではありませんが、狭い部屋の本を片付けなければいけません。専門分野の書籍は、ほぼ不要なのですが、手許から離したくない気持ちに駆られます。その気持ちの揺れで結局捨てないでそのまま残っています。
特に、処分する書籍の課題は、いろいろな国で購入した教科書です。分析に使ったりしたものもありますが、時間ができたら分析しようと思い収集した教科書がたくさんあります。多くは大学を退職するときに処分しましたが、大切な教科書だけ家に置いておきました。よく考えてみたら、退職してからも時間がなく、また、そのようなリサーチもあまり意味がない気がしたので、結局手がつきません。捨てることにしていますが、。。。
そんな感じです。自分がこの世からいなくなれば、ほぼ私の所蔵している書籍は不要です。他の研究者にも書籍を譲ろうとしましたが、手放すのにも躊躇して現状に至っています。あと5年ぐらいの間に読んでいない本は読んで、必要な人に譲り、あとは引取り業者にさいごは渡すことになるでしょう。何のために研究してきたのかなとつくづく思います。
阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)は、この日誌の最初の方で書きました。明恵上人は、おそらく多才な人で、また、自分について深く考え、また、世の中についてもよく考え、「今を生きる」を追求した人だと思います。SDGsをざっと考えると、この世は複雑で自分が意図したようにはならず、諦めるしかないと思うことが多々ありました。それでも一歩一歩やるしかないので、とりあえず、何をしたらよいのか、何をすべきか、どう生きるかを示したのが、阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)だと思っています。SDGsの17の目標は、その中で、何に関心も持ち、どうかかわるかを示す指標だと思います。
【ポストSDGs】日本だけが熱心?ファッション感覚?ルールは作った人に有利?カギは高齢化?
確かに、SDGsについて騒いでいるのは日本だけかもしれません。また、SDGsについては異論もあります。が、批判は批判として大切です。議論はすべきです。私もビジネスにSDGsが利用されるのは反対ですが、ビジネスでSDGsに関心を持つことも重要と思います。問題はおもしろおかしく議論して、それに惑わされても困ります。事実として問題はあるからです。議論に惑わされず、自分自身の立ち位置をしっかりと持つことが重要で、そのためにもSDGsは意義があると、私は思います。
私は、私として特に何ができるわけではないので、ただ自分が関わった教育に少しでも貢献できるように、また、自分自身を追求するために、本を読み、考え、行動するだけです。そのために、明日から部屋の書籍に目を向け、考えましょう。
ハロウィーンか 心ざわざわ 本を読む
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