2025年7月19日土曜日

Naked heart / 裸の心 2025年7月 19日(土)

あいみょんという歌手の「裸の心」という歌を微かに聞いたことがあり、気になったので歌詞を確認してみました。

いったいこのままいつまで

一人でいるつもりだろう

だんだん自分を憎んだり

誰かをうらやんだり

いつかいつかと

言い聞かせながら今日まで

沢山愛してきた

そして今も

この恋が実りますように

少しだけ少しだけそう思わせて

今、私恋をしている

裸の心かかえて

バイバイ愛しの思い出と

私の夢見がちな憧れ

優しくなれたよ少しね

強くもなれたみたい

どんな未来も

受け止めて来たの今まで

沢山夜を越えた

そして今も

この恋の行く先なんて

分からない分からないただ思いを

今、私伝えに行くから

裸の心受け止めて

恋なんてしなきゃ良かったと

あの時もあの夜も思っていたの

今、私また恋をしてる

裸の心震わせて

この恋が実りますように

少しだけ少しだけそう思わせて

今、私恋をしている

裸の心抱えて

それほどむずかしい歌詞でもなく、そのままです。が、裸の心というのが、どういう心なのかと思いました。そのまま英語にすると、naked heart となります。「正直な、むき出しの、そのままの」というような意味でしょうね。ストレートな気持ちがそのまま伝わってくるいい歌です。YouTubeを見ると、同じタイトルの歌はけっこうあることを知りました。共通の思いがあるんだと思いました。

この日記でも「こころ」は取り上げています。phenomenologyもそうです。文学でも宗教でも心理学でも哲学でも探求され、あらゆる分野で探求されていますが、身近にある一番不思議な対象です。恋愛という行為もよくわからない生物の行動です。性的行動だけということでもなさそうです。「推し」ということにもつながりますが、一歩間違うと憎しみの対象ともなります。

歌というのは、歌詞と曲と誰がどう歌うかなどなど、さまざまな要素で、まったく受け取り方が違ってしまいます。私は教育的な分野に長くかかわってきました。その点から「こころ」は重要だと思っています。同じ授業はほぼないと言えます。相手があることは、同じようにアプローチをしても同じにはならない可能性が高いので、そこに「こころ」が何かしら大きく作用します。あいみょんの「裸の心」の思いはあいみょんの歌にしかなく、その意味はあいまいですが、人の「こころ」は響くのだと思います。私にも私なりに響きます。財津和夫もEd Sheeranも違ったかたちで響きます。


梅雨が明け 麦わら帽子 かぶり行く