2025年5月10日土曜日

Madama Butterfly / 蝶々夫人 2025年5月10日(土)

  Madama Butterfly: Humming Chorus

「蝶々夫人(Madama Butterfly)」はイタリアの作曲家、Giacomo Pucciniが作曲したオペラ(opera)です。私はこのオペラをイタリアのベネチアとオーストリアのウイーンで見たことがあります。音楽は美しく、演出もすばらしいですが、いつも違和感があります。欧米から見た日本であり、その背景にある筋は、私の生きてきた文脈からはほど遠く、私にとっても「蝶々夫人」は異国の物語です。

オペラもミュージカルも演劇も好きです。なぜか日本ではあまり行きません。たぶん本当はあまり好きではなく、雰囲気が好きなのだと思います。「蝶々夫人」はストーリ自体には興味がなく、なぜこのオペラが何度も何度も上演されるのかがよくわかりませんが、たぶんプッチーニの音楽なんだと思います。それに加えて、欧米の人たちが抱く日本やアジアに対する異国情緒が反映されていると思います。日本にいる私とは違います。

ウイーンの上演で蝶々夫人を演じたのは韓国籍の人だったようです。最近では日本に関連する人もヨーロッパのオペラにもミュージカルにも出るようになっていますが、アジア人ということで一括されることが多いようです。日本でも欧米人とまとめてしまうのとほぼ同じでしょう。オペラなので、舞台や衣装は派手な印象になり、展開はドラマティックになります。あらすじは単純です。長崎にやってきたピンカートンが蝶々夫人を見初め、結婚したが、その後日本を去り、3年後に帰ってくるが、それを待っていた蝶々夫人は死んでしまうという話です。

ただし、オペラ全体の動きというか情緒さはとても美しいと感じます。日本人が感じる日本文化とはまったく違う美的感覚です。日本でも、Cio-Cio-Sanと言われる女性は、たぶん日本の女性とは思えないので、日本という日常とは違う話に見えます。生々しくなく、オペラ的な世界の悲劇を美しい音楽と装飾的な舞台芸術として味わっている気がします。確かに、話を追っているわけではなく、完全にオペラの非現実的な世界に浸っていると言ってよいでしょう。

オペラやミュージカルを海外で見るのを私が好きなのは、たぶんそういうことです。日本で見ると、どうしても現実が見えてしまうので、そのような演劇ならば特に問題ないですが、特に見たいとは思わないのです。違う「異国」の状態で鑑賞したいのです。「Madama Butterfly」はそんな感じです。

オペラは歌劇と訳されますが、音楽を味わう一つの芸術作品として鑑賞するのが、私の楽しみです。日本の歌舞伎と似ているのかもしれませんが、やはりちょっと違います。劇場で、生の声、音楽、人の息、空気などを直接体験するのは、テレビやビデオやデジタル音響とは質が違います。絵画などの芸術とも違います。おそらくその場だけのものなのでしょう。私はそれが好きです。「蝶々夫人」が好きなわけではないのです。


蝶や蝶 花から花へ ひらひらと