Introduction To Edmund Husserl’s Phenomenology
生きている私たちの周りにあるのは、すべて現象です。確かに存在しているはずですが、一旦その世界から消えれば、すべての現象は感知できなくなります(と思います)。しかし、そのことを確かに共有することは、ほぼ不可能に近いかもしれません。自然科学は、ある条件のもとにそれを可能にしています。哲学の探求も究極的には同様のことを目標としています。芸術もそうです。そのような現象を理解することは大切です。
現象学をここで説明することは私には不可能で、その能力はありません。が、「志向性(intentionality)」という考えはよくわかります。私たちの意識が対象に向かって働いていると考えです。現象学の基本は「還元(reduction)」と言われています。つまり、余分なものを削って、シンプルにするということでしょう。別の言い方をすると、「エポケー(epoche)する」(判断を停止する)という段階をうまく活用することらしいです。このことを「現象学的還元(phenomenological reduction)」と説明しています。この思考のプロセスを「ノエシス(noesis)」と呼び、その結果から出てきた意味を「ノエマ(noema)」と呼んでいます。それによって生まれた現象が本質的直感(intuition)となり意識(consciousness)となると理解しました。専門家に言わせると、おそらく不正確でしょう。が、このようなプロセスは省察にも役立ちます。
フッサールが、 自然科学における実証的研究作法に一石を投じようとして現象学の方法論を確立しようとしたことは確かです。存在論(ontology)と認識論(epistemology)という哲学の論争も長く続いていますが、自然科学の発達とともに、人の意識の探求も進みます。フッサールのように、人の世界や生活を現象として精査して探究しようとしたのは、確かにすごいと思います。私には何度も読み返しても理解できない点が多いですが、このような思考は重要だと思い、不十分ではあっても考え、言語化することにしています。
この日誌を綴りながら、フッサールの現象学が少しでもわかるようになることが、一つの目標です。
秋時雨 トボトボ歩く 河川敷