How fact checking can make an impact
物事や言説はまず疑うことにしています。「英語は耳から」「血液がB型の人はマイペース」「和食は健康によい」「ハンバーガーは太る」「日本人は礼儀正しい」など、どれも確かなことではないはずです。しかし、多くの人が言うとそれをついつい私たちは信じてしまいます。「科学的」「エビデンス」という言葉もよく使われます。しかし、私たちが生きている世界の多くは正確に判断できないことのほうが多いと思います。
私も研究者の端くれですが、英語学習自体を自然科学的に探究することは意味がありますが、科学的な英語学習を探究することには議論があるでしょう。第二言語習得(SLA)が言語教育の中では最も注目されている分野で、理論的には多くの知見がありますが、実際の言語学習という面ではまだまだ課題があります。私は、以前にも書きましたが、言語教師認知(language teacher cognition)ということを探究しています。SLAから逸脱する教師ということに焦点を当てて研究しています。現時点では、複雑であるということを前提としてその変容を理解することが大切だと考えています。そう簡単に結論などは述べられません。
「疑うこと」は科学的態度として重要であるだけではなく、すべてのことに対応する意味でますます必要になっていると考えます。英語でcritical thinkingはよく強調されます。「きちんと考える」ということです。当たり前と言えば当たり前ですが、日本語では「批判的思考」と訳されることがほぼ定着していますが、違和感を感じる人もいるので、「クリティカルシンキング」とカタカナ語で使われることも多いです。
Rene Descartes: Doubt and Critical Thinking
このようなカタカナ語や英語をそのまま使うことも、疑うことから始めることが基本でしょう。たとえば、旧約・新訳聖書は、the old and new testamentsと英語で言われます。もちろん大元はヘブライ語だと思いますが、 testamentは「証拠(proof)」という意味です。聖書についてこの日誌でも取り上げましたが、読んでみるとその方が適切だと認識しました。疑ってみて、質問し、調べてみる、ということが学びにつながるのかなと思います。退職した今、それを続けています。学びには時間が必要なのですが、私の時間はもうそれほどありません。
疑うこと 落ち葉を集め 思考する