2024年12月7日土曜日

研究7(CEFR2: Plurilingualism) 2024年12月7日(土)

Plurilingualismは、日本語で複言語主義と訳されています。pluri-は「多」という意味の接辞です。ips細胞でも使われています。ips細胞は induced pluripotent stem cell(人工多能性幹細胞)の略語です。pluri-potent(多能性)と同様に、pluri-lingual(多言語の)ということですが、言語ではすでにmultilingualがあるので、複言語としたのだと思います。multilingualismと何が違うのかというと、plurilingualismは個人が複数のあるいは多数の言語を話すということで、multilingualismは社会が多数の言語を使う状況を表すとしています。

PlurilingualismもmultilingualismもCEFRでは大切な理念です。多くの国はmultilingualです。日本のような国のほうが珍しいというか、日本もよく見ればmultilingualです。日本は明治以来、いわゆる標準語としての日本語を教育などによって統制しました。日本の日本語は「国語」です。しかし、法律では定めていません。いわゆる公用語と位置付けていますが、教育では国語である日本語が教育言語として確立しています。ヨーロッパでもそれぞれの公用語がありますが、かなり入り組んでいて、基本的に多言語が現実です。ヨーロッパの中核をなすEUは公用語が現在24言語と言われています。CEFRはそれに対応する考え方を推進しています。

私は英語くらいしかきちんとできないので、どこの国に行っても英語で何とかなります。英語の資料も多いので、研究も何とかなります。フランスでさえ、英語はかなり浸透しています。が、それぞれのヨーロッパの主要国はそれぞれの公用語を軸に多言語に対応しています。英語は事実上便利な言語として共通語(English as a Lingua Franca)となっています。CEFRはそれを推進しているわけです。

そのために、言語それぞれのレベル設定をして、言語政策は言語学習政策を提言しています。その具体的な政策が、母語+2言語を学ぶということにつながっています。つまり、バイリンガル教育を推進しているわけです。これは、ヨーロッパに移ってくる移民も想定しています。ヨーロッパの各大都市は、多民族で多言語です。多くの国はそれぞれの子供の背景に対応しようと工夫しています。ヨーロッパ市民としては、そうでなくてはやっていけないからです。

その関係で、継承言語(heritage language)という考え方は重要になっています。これもCEFRの枠組みが基盤にあります。日本では継承言語(heritage language)という考え方が欠落していて、各方言(言語とも言えるが)を蔑ろにしてきました。最たる例はアイヌ語です。他にもたくさんあったわけですが、すでに消滅しています。アジアは実に多言語です。中国も台湾もそうです。しかし、ヨーロッパのようなplurilingualismは希薄で、ようやく少しずつ浸透するようになっています。

日本は移民に厳しい国と言われていますが、かなり多くの多国籍の人が実際に住みつくようになっています。つまり多言語社会になっています。しかし、これに対する対応は、日本語の補助として示しているに過ぎません。特に学校教育ではまったくしません。日本語への同化政策が依然として中心です。もちろん日本語を使えるようにすることは最低限必要ですが、それぞれの母語は大切にすることが重要です。それがplurilingualismです。Mother Tongue Based Multilingual Education (MTBMLE) という考え方は、日本の教育にとってもますます大切にしなければいけないと考えます。

雑踏に 多様なことば 師走かな