2025年1月1日水曜日

When Breath Becomes Air  2025年1月1日(水)

When Breath Becomes Air を読みました。Paul Kalanithiというアメリカの神経外科医が書いた本です。医師として嘱望されるレジデンスの真っ最中にガンを患い、36歳で亡くなったインド系アメリカ人の手記を綴った話です。多彩な彼は文学にもその才能を発揮し、死とかかわる医療に実に真剣に向き合い、妻と子供を残し、自分が病に倒れたわけです。

When Breath Becomes Air はそのまま日本語にしても意味はよくわかりませんが、「息が空気になるとき」は、結局、「生きている際にしている空気を吸って呼吸している活動は、いつか地球の空気の一部になる」という、実に単純な自然の摂理を表していると思います。日本語訳のタイトルは『いま、希望を語ろう ―末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」』と、大きく意訳してあります。本の内容は、たぶんその通りです。内容は、レジデントとしての視点を淡々と示しています。感傷的にはほぼなりません。希望はさいごまで捨てず、医療を信じ、冷静に見つめている様は、小気味よく読めました。

本は、ペーパバックとして発売した頃にロンドンで買ったと思いますが、ずっと読まずに在庫整理している際に手に取って読みました。医学部に勤めていたせいもあり、カバーを見て興味を示したのだと思います。イングランドにいる医師はいずれも優秀でまた親切でした。インド系の人が英国で尊敬を得て地位を築くには一つの選択です。Paul Kalanithiもそうだったのでしょう。

ガンは死に至る病ではなくなりつつありますが、ガンに限らず人の運命は自由にはなりません。生まれてくることも、死ぬことも、生きているすべての生き物は自由にならないということは真理です。その真理のメカニズムはいまだにわからないことも事実です。私も齢70を超えました。日々を大切にしようとこの本を読んで再認識します。

Prologueの冒頭は、T. S. Eliotの 詩、"Whispers of Immortality" で始まっています。

Webster was much possessed by death

And saw the skull beneath the skin;

And breastless creatures under ground

Leaned backward with a lipless grin.

Websterは劇作家です。死を暗示させる内容で、この後に、Paul Kalanithiが、医師としてではなく、自分のガンのCTを見ている場面から始まります。医師として接する死と自分自身の問題として接する死について、淡々と記述しています。書き始めた際は、結果はどうなるかわからない状態で書いているわけで、死んでから出版に至っているので、全体は編集者の手にあるのでしょうが、日本語のタイトルよりは、英語のタイトルの方がセンスがいいと思います。

私たちは、空気がなければ死にます。息ができないからです。それほど単純な仕組みにより日々暮らしているということは、ふだんは気にもしません。当たり前の生活がすべてなのです。しかし、生きていることは奇跡でもあります。紛争のある場、災害のある場など、悲劇が続きますが、私たちの身近にもいつも死はあります。2025年もこの日記を続けながら毎日を楽しく生きて、息をして暮らしていこうと考えます。


新年に ただひたすらに 息をする



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