2025年2月5日水曜日

若い人の教育 / Youth education 2025年2月5日(水)

教育は、私がかかわってきた主たる分野です。しかし、小さい頃から教育に関心があったわけではなく、学校は嫌いなところでした。できれば学校などは行きたくないというのは今も変わりません。「不登校」が問題になっていますが、当たり前かなと思います。たまたま大学で教育学部に入ったのがきっかけです。英語の勉強してれば何とか就職できるのではないかと考えて、教育学部の英語英文科に入りました。流されやすい性格でいつの間にか教師となりました。

高校教師のときも、みんながみんな大学に行くわけではない高校がスタートだったので、受験指導ということにはあまり縁がなかったのはラッキーでした。教師をしながら思ったことは、何のために学ぶかということです。大学へ行くためだったらやめた方がいいと思い、「◯◯大学へ入りたい」「◯◯大学に何人合格した」というのは興味があまりありませんでした。「イギリスへ留学したい」などは応援しました。

「英語が使えるようになりたい」「英語を使って〜したい」なども応援しました。 ALT(英語指導助手)の人とは当初からいっしょに授業したりすることを積極的にしていました。生徒が喜ぶからです。大学に転職したときもそうで、その後はそのままです。「英語の先生になりたい」も応援しました。指導するという考えはできるかぎり持たないようにしました。が、教師というのはそうもいきません。

大学で長く働いているときに思ったことは、「この学生はなぜ大学にいるのか」という問いです。医療系の大学にいるときは、資格をとる必要があるので明確でした。目標が明確でない人はやめていきます。それは当然で、好きな道を目指した方がいいでしょう。明確に意図を持って学ぶことは大切です。しかし、何の目的もなく大学に来ている人が多くいることには疑問でした。理由は簡単で「周りがみんな大学へ行く」「大学を出ないと大企業に就職できない」などです。ただ大学に来て、楽な単位をとり、卒業していきます。就活はそれなりにやります。会社に入ると一定数の人は3年ほどで会社を辞めます。そのあたりで目標ができるのかもしれません。

では、何となく大学へ来ている人は大学にいる必要があるのか?という疑問が沸きます。高校を卒業して働いても同じではないか?という疑問です。しかし、それはそうではないようです。大学の4年間はある意味で必要なのでしょう。それなりの経験を積み大学を卒業していくのです。でも、そのような経験は高校ですればいいのではないかと思います。高校でいろいろな経験をして、大学というだけではなく、自分のやりたい仕事に関係する知識や技能を身につけていくのが本筋だと思います。

日本は何事にも、高校以後は教育費がかなりかかります。親にもある程度の余裕がないと厳しいです。余裕がない家庭はそれができません。高校以後の教育費は、総計すると1000万円単位になると思います。若い人は、アルバイトをすることが定番です。アルバイトは社会勉強で必要だという意見もありますが、過剰にアルバイトをしている人も多いです。必要だからです。アルバイトをして学校へ通い、資格をとる、というのがふつうの学生生活です。その際さまざまな活動もします。真面目な学生ほど忙しいのです。ちょっと考えてみてください。これってふつうでしょうか?

高校以後の不登校も多くなり、不登校の生徒は学費などは払っています。教育費はかかります。大学等に進学をすればその教育費もかかります。これってふつうでしょうか?余裕のない家庭はそれはできません。社会には見えない階層ができています。日本はアメリカの教育を真似ました。教育は家庭で賄うか、本人が賄うかという厳しい社会です。しかし、日本と違い意欲があり優秀な人には教育費は支援されます。競争社会で豊かだからです。その代わり、努力しない人は悲惨です。ヨーロッパは、教育にはある程度支援されています。社会が支えます。それでも厳しい国もあります。働くための職業支援は重要な教育です。大学は必要な人が行く場所です。遊ぶために大学へ行く人はほぼいないでしょう。遊ぶのであれば大学などには行きません。

結論は、若い人には適切な教育の機会を社会は提供すべきです。一律ではなく、社会のためではなく、国家のためでもなく、若い人すべてに教育の機会を用意し、支援することが大切です。受験勉強のための支援ではなく、若い人個人に役立つ学びや技能習得を支援することが必要です。障がいを持っている人もその延長です。若い人に意味のない大学は必要はありません。大学という資格にも執着する必要はありません。「〜ができる」「〜をしたい」ということを優先する教育が大切だと考えます。大人の都合で、日本のためにグローバルな人材を育成するなどは戦前の考えです。国家は個人のためにあります。個人をしっかりと育てることが、国家の安定に当然つながります。

と私は考えます。


春までは 2月もう少し 待つ余寒


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