2025年3月11日火曜日

Vienna State Opera / ウイーン国立歌劇場 2025年3月11日(火)

   Vienna State Opera (Wiener Staatsoper) - Full Guided Tour

2011年の3月11日は、私はウィーンにいました。地震と津波のことを知ったのは、ウィーン国立歌劇場(Vienna State Opera)で「アイーダ(Aida)」を鑑賞してホテルに帰って見たテレビのニュースでした。その頃はLINEなどの便利なツールはなかったのですが、家にメールなどで連絡して安否の確認をしたのをおぼえています。翌日には帰国する予定だったので、とりあえず空港に行き、経由地のヘルシンキに向かいました。しかし、東京行きは欠航していて、空港内で代替便を探すしかありませんでした。

私の他にも日本に帰る人はいましたが、特別に何かをするということではなく、空港の関連会社のカウンターに行って、東京に帰る便を探してもらっていましたが、直行便はなく、かなり遠回りする便に乗るか、東京に行く便を待つかの選択となりました。とにかく待つしかなく、特別に私のために何かをしてくれることはなく、何度も何度もカウンターに行って、家族が心配なのでなんとかしてほしいというアピールをし続けました。半日以上は空港にいたと思いますが、幸い成田に行く便がありました。

成田に着くと、空港はがらんとしていましたが、日本から出ていく人たちがたくさんいました。埼玉の自宅に戻ると平常どおりに活動している様子を見て安心しましたが、計画停電などの影響でひっそりとしていた印象です。翌日は仕事があり車を運転して職場に向かい、その後ガソリンを入れるのにかなりの時間を要したのをおぼえています。その間に地震の際の様子を聞き、関東でもすごい地震で、テレビで東北を中心とした津波の被害が報道され、これはたいへんだと徐々に認識しました。

その後は次第に平常となり、これも仕事でオーストラリアで語学研修をしている学生の様子を見にいかなくてはならず、また、成田に行き、オーストラリアに行きました。飛行機は帰国するオーストラリアの人で満席でした。海外の報道は日本は放射能で住めない危険な地域とされていました。学生にはそのまま研修を続けて大丈夫だということになり、通常どおり無事に学習を続けて帰ることになりました。

このように、私の当時の経験は、地震も津波も帰宅困難などを知らない、外から震災を見る人だったわけです。Fukushimaは世界中に知れ渡るようになったのはそれからです。日本はもう住めない危険な地域となっているというのが、日本の外にいて関心を示した人の印象で、そのような人から多くのメールをもらいました。しかし、総じて他人事です。当時の印象は、日本政府やメディアは、原発に関する情報をかなり隠して報道していたということです。専門家がたくさんテレビに出ていましたが、言葉を濁すし、冷静を装って、過激な報道はしていません。多くの人を刺激しないようにという配慮だったと思いますが、日本は、何事も隠す傾向にある国だとその際に思いました。

「アイーダ(Aida)」は、ヴェルディのイタリア語のオペラです。古代のエジプトとエチオピアを舞台とした恋愛の物語です。ウィーン国立歌劇場はウィーンに行くたびに必ず訪れる場所です。オペラはミュージカルや演劇とともに好きな芸術です。演出がそれぞれ異なり、同じ演題でも何度も楽しめます。また、それぞれの劇場の雰囲気が私は大切だと思い、ロンドン、ミラノ、ヴェニス、パリなどでこれまで鑑賞したことがあります。ウィーンは、その意味から、とても素敵な場所で思い出が多い場所ですが、この3月11日になると、それを思い出します。


紅梅に 3月11日 ウィーン居り 




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