というわけで、ふるさとは群馬県の草津温泉です。いいところで生まれて育ったと思っています。が、高校まで住んでから大学に行くということで、ふるさとは出ました。以後戻ろうと考えたことは一度もありません。もちろん家族も住んでいるので、ときどきは行きます。
しかし、住む気はありません。何が嫌かというと「酸(acid)、硫黄(sulfur)」です。温泉の効能としてはとてもよく、それを求めて多くの人が湯治に来ます。ただ、そこに長く住むということはどういうことかという疑問がありました。あくまで個人的なことで、科学的には何の問題もないでしょう。みなさんはぜひ楽しんでください。
草津温泉の「歴史と進化」 今までとこれから~進化を続ける温泉街~
私が住んでいた頃とはかなり変わっています。いずれにしろ早く実家を出たいと思っていたので、三男ということもあり、高校を卒業後ふるさとを後にしました。
考えてみれば、この頃の自分が、良くも悪くもそのまま歳をとったと思います。いい人やいい環境があり、ちょっとしたチャレンジができて、挫折も成功も適当に経験し、恵まれない状況があっても、自分でなんとかしようとする強さも身につけた気がします。
室生犀星は、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」と書いています。何となく同感します。複雑な思いはあっても、今となっては、なくてはならない「私」の一部となっています。
このような幼少期からの体験は、老いてくるとますます形を変えて想起します。記憶は歪んで夢の中にときどき現れます。明恵上人の夢記はよく知られていますが、フロイトやユングのように分析をする気はありません。なぜか最近はよく夢をおぼえていることが多いです。
ふるさとが 夢に出てくる お盆過ぎ
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