「失敗はしない」ということがありえるでしょうか?「ない」と考えるのがふつうでしょう。しかし、失敗かどうかを判断する基準は前提が明確ではない限りそう簡単にはいきません。失敗をネガティブに考えると、失敗はしたくないということになりますが、失敗をポジティブに考えると、次のステップに活かすことができます。英語では、Failures are the stepping stones to successなどという言い方もあります。私は場合によってどちらにも考えます。が、年齢を経るに従い、できる限り前向きに考えることにしています。
Failures Are The Stepping Stone To Success | Anita Denny | Little Flower Public School, Muringoor
さて、これまでどれだけの失敗を感じてきたかは、覚えている限りでもかなりあります。最初の大きな失敗は、トイレが間に合わず粗相をしたことでしょう。けっこうな数がありました。生理的な現象はどうしようもないと学びました。次に思い出すのは、大学受験の頃でしょう。学力がなかったと言えばなかったのでこれも今となっては納得しています。その次の大きな失敗は、オートバイの事故です。大学の夏休みの際のアルバイトの後、カーブを曲がりきれずに対向車と正面衝突しそうになり、避けるために石垣に突っ込んだ失敗です。当時はヘルメットも被らず運転していたので、顔面をぶつけ何針か縫う事故となり、しばらく寝て過ごすことになりましたが、比較的長引くことにはなりませんでした。
その後社会に出ても、たびたび失敗を重ね、失敗に対する抵抗力も出てきて、回復も早かったです。足を骨折したときも、仕事上のミスも、高校教師を退職するときも、何でも前向きに考えるようになりました。人を傷つけたことも多々あったと思いますが鈍感になりました。後からわかることですが、私は言葉が足らないことがあり、ひどいことをときどき言うようです。妻や娘にそう言われました。
しかし、人はそう簡単に変われません。私自身の特性は特性として維持している必要があります。いいこともわるいこともそうするしかないのです。別に偉大な成功を収める必要もありません。日々生きて死に向かっていくのです。
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