2024年11月7日木曜日

適当に生きる  2024年11月7日(木)

トランプ氏が4年ぶりに再選され合衆国の大統領にまたなるそうです。歴史から見れば、そう驚くことでもないと思います。世界が良い方向に少しでも向かうことを期待します。

本日は、私のモットーの「適当に生きる」について述べます。基本は、私なりの「阿留辺畿夜宇和」です。ふりかえってみても、期待したことはそれほどかないませんでした。良いことも悪いことも同様です。人はみな微妙に考えていることは違います。好きも嫌いも、理由はそれほどなくても分かれます。すべての人が同じ嗜好であれば、その方が異常です。

暴力は悪い、いじめは悪い、泥棒は悪い、犯罪をしてはいけない、騙してはいけないなどなど、すべて正しいです。世の中はzero tolerance(どんな不正も許さない)の方向で動いていて、ちょっと息苦しいです。しかなないことことかもしれません。が、トランプさんは違いますね。あれだけ悪いことをしていても、大統領になり、法律を駆使してすべてが許される社会になるとすると、民主主義も曲がり角かと感じます。

頑なに主義主張を曲げず不寛容であるということは、よほどの信念がないとむずかしい。「清く正しく、。。」ということも問題となったことがあります。裏金問題もそうかもしれません。表と裏の、裏の部分はますます表には出なくなり、問題化しますが、実際は複雑といことは多くの人が理解すると思います。日本的な「塩梅」という曖昧な言葉は使いにくくなりました。

私は、もうすぐ70歳ですので、世間に従って静かにほどほどに生きます。ミヤンマーの人、ガザの人、ウクライナの人、スダンの人、アフガニスタンの人などなど、あげたらキリがないくらいの厳しい暮らしをしている人に心を寄せながら、適当に生きるのです。争いはやめてほしいと願いつつ、ほどほどに適当に生きるのです。少し違いますが、スウェーデンに、lagom (= just the right amount or not too much, not too little)という言葉があります。ひょっとすると、それが「適当に生きる」に近いかもしれません。多くの人がそれを理解して、寛容に生きるようであってほしいとつくづく思うのですが、それは間違いでしょうか?

秋の朝 今日も良い日で あるように



0 件のコメント:

コメントを投稿