質的研究(qualitative research)は、私にとってもライフワークの一つです。量的研究(quantitative research)が嫌いなわけではありません。が、教師という仕事にかかわり教育という領域で活動していると、自然とそうなりました。私が若い頃は科学的アプローチが流行りで、数値的なデータ(data)が重宝され、それ以外は研究とは言えないような雰囲気がありました。当初からそれはおかしいと思い、大塚英語教育研究会に通うようになり、日本の英学から始まった多様な研究の必要性を教えてもらいました。
その関係で、データの統計的な処理だけではなく、思考や現実を大切にすることにしてきました。PhDのテーマとなったlanguage teacher cognitionの研究はその最初の一歩となりました。あれやこれやと模索しましたが、体系的に考えるまでには至らず、現在まで来ています。一つの結論は、「日本の英語教師の認知は複雑で、言語教師という枠組みではくくることはできず、正確に捉えるには動的(dynamic)で適応的(adaptive)に考えることが適切だろう」となっています。つまり、複雑な職務の中でそれぞれの環境で多様に活動する日本の英語教師は、単に言語教師ではなく、教師という大きな枠組みの中で機能し、他の国の英語教師と比較するのは適当ではないということです。
autoethnographyには適切な訳語はありません。「オートエスノグラフィー」というようにカタカナ語あるいは英語そのままで使用するのが妥当のようです。これを議論するには、まず、ethnographyとは何かを理解しておく必要があるでしょう。定義は多様ですが、University of Virginiaでは次のように説明しています。
Ethnography is a qualitative method for collecting data often used in the social and behavioral sciences. Ethnographers observe life as it happens instead of trying to manipulate it in a lab.
エスノグラフィーとは、社会や行動の科学で使われるデータ収集の質的方法ということです。日本では文化人類学などの領域で「民族学」として定着していましたが、近年誤解があり、カタカナ語で言われることが多くなっています。もともと「ethno-」は、race, culture, people, nation, class, caste, tribeなどを意味する接辞で、「あるグループの人」を意味しています。よく似た接辞に、「anthropo-」があります。これは、man or human beingsを意味し、anthropologyは「人類学」とされてきました。こちらも現在では当初より幅広く使われるようになっています。
学問がますます細分化され、細かい分野の研究をすることが研究者の役割のようになる昔も今も変わりません。一般の人がわからないように専門用語を並べ、人を煙に巻くことが学会では当然のようになっています。もちろん、先端的なことを真摯に取り組む人たちも多くいますが、そうではない私のような人もいます。私は、むずかしいことをむずかしく言うのは好きではありませんが、いつの間にか、知らず知らずのうちに、人がわからないことを言っていることが多くなってきたと自覚しています。
その面から、エスノグラフィーは以前から関心を持っていましたが、どのように人を観察し理解するのかについての方法論がよくわかりませんでした。そのため、現象学などを参考に、インタビュー、観察、日誌、実践記録など、言葉と行動をもとに、コード化、カテゴリー化などで、要素を抽出し、ある傾向を見つけ、それを総合して還元することで、何かを発見するというプロセスを、リフレクシヴィティ(reflexivity)(研究対象との相互的な関係を重視して常に認識を確認する作業)を担保しながら、研究を進めるという手法を基本的にとってきました。いわば、それも一つのエスノグラフィーの手法とも言えます。大切なことは、どれほど人を納得させることができるかにあります。
How the knowledge generated through anthropological ethnography differs from AI?
Autoethnographyは、ただそれを既存の言い方に当てはめただけです。duoethnographyという言い方もあります。何がどう違うか区別するのはむずかしいと思いますが、このような質的研究の方法論が多く展開することは、とてもいいことだと思っています。数値だけで物事は動くわけではなく、「人」が常にかかわるわけですから、エスノグラフィーは常に重要です。AIが急速に進歩していますが、エスノグラフィーがAIと強調しながら利用されるのは当然でしょう。
メルボルン 暑さ涼しさ 夏の終わり
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