Education and unique exam in Japan - the entrance examination "Juken" 日本の教育 -「受験」について
高校の授業料が無料化されるそうです。よいことだと思います。教育は高校まで誰でも受けられるようにという趣旨で無料化し、就学前、小学校、中学校、高校とすべて無料にすることは、世界的な教育の流れでしょう。経済的にむずかしい国もありますが、日本は経済的にできないはずがありません。それができないのは、教育政策の誤りとしか言いようがありません。無料化にともない、無駄な入学試験はやめましょう、というのが、今日の趣旨です。
大学はほぼ誰でも行ける時代になりました。高校は昔からほぼ誰でも行きます。さまざまな理由でいかない人もいます。入学試験にかける労力は、本来教員の業務ではありません。別に業務手当が出ることになっています(現在はどうなっているか知らないので、ひょっとすると間違いかもしれません)。私が教員になった頃は、採点業務は楽しく作業できるような工夫がされていました。いつの間にかそれは解消され、今は違います。おそらく「世間」の圧力です。
それはさておき、授業料が無料であれば、どこに行っても同じように学べるような仕組みにしないと公平性がないと考えます。しかし、現状は、伝統校や偏差値という学校の違いが存在し、学校間格差や施設設備などのために、公立高校が定員割れしています。少子化などで仕方ないかもしれませんが、社会は、私立高校に目が向き、さらには、通信制高校などの柔軟なカリキュラムに生徒は集まっているようです。一律授業料が無料になれば、自然に画一的な教育をし、施設設備も十分ではない公立高校は嫌われるようにになります。
私立の中学受験が盛んになる、あるいは、小中一貫、中高一貫などが求められる傾向があるのは、考えてみれば自然です。子どもにとって良い環境を願うのは親から見れば当たり前で、授業料が無料であれば、なおさらです。どうすれば公平性を保てるかはむずかしいですが、どこでも同じように学べるという仕組みを考える必要があります。また、学校が授業料無料ならば、塾を廃止する必要があり、現状では多くの塾は受験産業があるから成り立つのだとすれば、受験つまり学力(知識)を一律に測定する入学試験をやめることでしょう。
無理かもしれませんが、学校を格付けするような格差はなくす必要があります。高校の格付けも確かに存在します。その格付けを形作るのが入学試験です。数値になるので誰もがその結果や格付けに異論が言えない雰囲気がありますが、実際は、それは一部の知識や思考を試しているに過ぎず、そのデータで学力を推定し、順位づけをしています。順位をつけないと選別はできません。その仕組みがずっと続いています。基本はあまり変わっていません。
日本教育は社会の速度に遅れすぎ?
大学が授業料を徴収し、適切な学生を選びたい場合は、その大学の趣旨に沿って選別方法を考え、入学選抜をする場合は、関係のない人が反対することは相応しくありません。が、高校まで授業料が無料であるならば、それぞれの高校が選抜することは、私は問題だと思います。小学校でも中学校でも高校でも、授業料が無料であれば、入学試験もする必要はないし、自分が通える学校に行くのが自然です。どうしても「〜学校へ」と望むのであれば、その学校を拡張すればいいと思います。公立であれば教員はどこへでも行って、そこで授業をすればよいでしょう。「〜先生」の授業を受けたいということであれば、オンラインでも可能でしょう。現在は工夫すれば多様な形態の学習は可能です。
どうしても学校の伝統を保ち、入学試験を実施し、選抜がしたい学校は、授業料をきちんと徴収して教育を提供すればよいでしょう。誰も嫌とは言わないでしょう。それぞれが選べば良いのです。すべての授業料を徴収しない小中高のそれぞれの学校は、生徒を拒まない、一度学校にこなくなっても、学びたくなったらまた来てよい、としなければいけません。授業は単位として蓄積し、必要は履修と修得単位が満たされれば修了とします。それが本来の学校だと思います。
入学試験は不要です。入学の際に選抜がどうしても必要ならば、学習意欲と学習目標を確認することです。学校に何の目的もなくただ席を置くだけということは無駄です。入学試験にパスすることが人生の目的となること、「〇〇高校」に入学すること、「〇〇大学」に入学すること、などは、つまらない目標です。何がしたいのかを重視し、学校はそれを支援する、というのが、本来の学校だと思います。
桜咲く 夢一杯の 好奇心
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