Learning Opportunities in Out-of-School Time
現在の日本の学べる環境というのは、他国と較べても悪いことはありません。少子化が進みクラスも少人数化し、また、タブレットなどの普及も進み、授業料の無償化、給食の無償化など、学校環境は、生徒が学びやすいようになっています。教師の対応も以前よりはずっと丁寧になり、授業はデジタルの教材などの支援により、内容的にもよくなっているはずです。ただし、学校教育においては、物的には充実していても、質的にはどうなのかという課題があります。
Helsinki Central Library Oodi | Must-Visit Landmark in Finland | Exploring Oodi Library
それとともに、学校以外で学べる環境は少し寂しいと言えるでしょう。図書館や博物館などの施設がまだまだ利用しやすいとは言えません。日本でもいくつか斬新的な図書館がありますが、フィンランドのなどの図書館のようには一般的に広く利用されるようにはなっていません。日本の場合は、学校教育以外で何かを学ぶという環境は少ない状況です。学校が終わると家に帰り、塾に行く、あるいは、部活動やスポーツや芸術活動などで時間は潰れます。それには費用が発生しますから、余裕のない子どもはできません。
不登校の生徒が多くいます。彼らの背景は様々ですが、学校に行きたくない理由は、単純に居心地が悪く嫌なことがあるから行かないのです。不登校の人が学べる環境はやはりお金がものを言います。つまりサポート校などの場所で学びます。これも、学校という場を中心とした傍流にある場で、日陰です。何らかのやましい気持ちをもって学びます。このような環境は悲劇としか言いようがありません。
学校は本来学ぶ場所です。社会に適合するような人材をつくることが目的ではありません。集団生活、社会生活の訓練をする場と考えるのは、私は間違いだと思います。リテラシーを身につける場です。しつけの場ではないのです。日本の場合、学校の役割は学ぶ場以外の要素が多々あり過ぎて複雑になっています。PISAなどで批判されても、それは相変わらず変わりません。教師という職業が魅力がなくなっても変わりません。少子化などの影響で学校は統廃合されています。それでも変わらない教育文化があります。
日本は教育を誇りに持っています。確かに日本の教育は良い面もたくさんありますが、閉鎖的です。学びも極端なことを言うと閉鎖的です。カリキュラムや教材などが一面的です。私がヨーロッパなどで見る授業はかなり多様です。教科書のとおりに教えたり、教科書の内容を決められた時間で教えるという形式重視、知識重視というものではなく、生徒が考えて調べて工夫するという授業が多いです。
学べる環境の充実というのは、まずは公共で自由に学べる場所の提供と時間を保証することです。現在は、図書館も美術館も博物館も自由に学べるという環境ではありません。多くの施設はそれなりの対価を要求します。また、利用できる資料が偏っています。インターネットなどの環境も十分には利用できません。そのような公共の学びの場に対する資金もまだまだ不足しています。
次に大切なことが、学びの質です。受験勉強は思考力などに役立つと言う人がいますが、他の学びをする方がそれ以上に役立ちます。生涯学習などが提案されて久しいですが、その学びも教養的な内容で、より自由に学びたい時間と場を安価に提供することが必要です。仕事は仕事として、その幅を広げるための学びを充実させることが大切です。学びを愛する態度、つまり、質の充実が求められています。
不登校はその質の欠如から生まれた結果です。不登校は問題ではありません。学校に行かないことは問題ではありません。学校に行かせる工夫をするので生まれる問題です。解決は、学校という環境を変えることが必要です。学校に行こうが行くまいが学ぶことはできます。教師も学校というシステムの奴隷ではありません、教師も学べる環境が必要です。
現状の日本の教育は生徒にとっても教師にとっても居心地が悪い環境となっています。学びは息苦しくてはいけません。自由に考え、行動できる環境が必要です。大学を出なければいい仕事に就けないというのは社会悪です。
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