東洋英和女学院大学で教員としてのさいごの職を勤めました。年寄りを雇ってくれた大学には感謝です。短い間に英語教員を横浜、神奈川、東京、埼玉の公立・私立の学校に送り出すことができて満足です。7年ほど勤めて退職しましたが、楽しく充実した時間を過ごすことができました。が、どうも人とは上手く付き合えない性が出てしまいました。これも「阿留辺畿夜宇和」です。仕方がない。
こうして、私の英語教師としての人生は45年で終わりました。その間に、長崎に行くことがあり、地元のFM局で語ったのが次のYouTubeです。ここで書いたことを話して、現在のCLILの推進のことを話しています。タイトルは私がつけたものではありません。
【子供向け】英語を自然と学べる勉強法#1 #英語勉強法
私は、終わったことは忘れることにしています。ふりかえりはしますが、間違ってもくよくよしないようにしています。深く考えないという意味ではないです。英語の教員をしてきた自分をふりかえると、後悔ばかりの人生だったように思います。授業などがうまくいったという記憶はほとんどありません。「英語授業の達人」という言葉が大嫌いです。達人などは見たことがありませんし、なりたいとも思わないです。批判を承知ではっきり言っておきます。
言語の知識はある面では極めることができるでしょう。しかし、どうやってもnative speakerには引け目を感じます。日本語を考えてみればわかりますが、生まれてからずっと使っている言語の総体は、学習だけでは無理です。これはどうしようもないコンプレックスです。それを教える仕事が嫌でたまりませんでした。英語教師としての私は、いつも反省しています。
私の専門の研究はTeacher Cognitionです。しかし、それに関してすべてを知っているかというととんでもない。教師の思考のプロセスは複雑です。私がこの研究に興味を持ったのは、自分が自分をわからないから探求したということだけです。明恵上人もそうだったのではないかと勝手に思います。違いは、「阿留辺畿夜宇和」という哲学でしょう。私は上人には遠く及びません。
このことは、後で詳しく書くと思います。
おはようと 生徒と話す 今朝の秋
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