『英語授業をよくする質的研究のすすめ』を読んで
ありがたいことに感想をYouTubeで述べている方もいます。研究は、仮説検証、統計処理、先行研究、文献などと、形式的な作法ばかりが優先され、ハードルを高くするばかりで、本質を見失ってしまう危険性があります。個人的には、小学校の頃の「自由研究」「調べ物学習」などの発想が大事だと思っています。
このようなことは今後も話題としますが、ここでは、このブログのタイトルとしている。「生きた Lived Experience」について、その背景を書いておきます。Lived Experienceはもともとドイツ語のErlebnisが英語でそう訳され使われたそうです。訳語は「生きられた経験」として使われています。上記の本でもそのような訳語で書いています。しかし、個人的にはしっくりとしない日本語です。変です。おそらくその方がインパクトがあるということで使われ出したと思います。あるいは、直訳です。このような訳語はたくさんあり、かえってふつうの人たちにわかりづらくしています。なぜかはわかりません。
さて、ではどういう日本語がピッタリするのかというと、「体験」というのが適当だと思いますが、「経験」と「体験」の区別もあいまいです。英語でlivedとしてあるのは、おそらく「生き抜いた、自分自身が生きた」という意味で使われていると思います。たとえば、said(前に述べた)という形容詞があります。動詞のsayの過去分詞形saidが形容詞として使われている例です。これと同じと考えてよいです。
Lived Experience: What It Is and How to Include It
Lived Experienceが、自殺に関するケアで使われている例です。Lived Experienceは、現象学(phenomenology)で使われている用語です。現象学と言えばHusserlですが、詳しくは知らないので、現時点での理解からすると、「経験したことをありのままにふりかえって解釈することで、人が経験したことを適切に把握すること」と考えている。次の表現が私にはすっきりする。
People with lived experience are those directly affected by social, health, public health, or other issues and by the strategies that aim to address those issues. This gives them insights that can inform and improve systems, research, policies, practices, and programs. When we say lived experience, we mean knowledge based on someone’s perspective, personal identities, and history, beyond their professional or educational experience.
長くなるので、ひとまずこのあたりで蘊蓄はやめます。が、ということで、Lived Experienceを、「当事者が実際に経験して保持しているありのままの動体としての体験的知識」と、ここでは仮に定義しておきます。
69歳 生きとし生きた 極暑かな

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