2025年5月23日金曜日

Benches and trash cans / ベンチやゴミ箱 2025年5月22日(木)&23日(金)

日本は多くの場所でベンチ(bench)やゴミ箱(garbage/trash cans)が消えました。何年前でしょうか?テロリスト対策と称してゴミ箱が消えて、ベンチもなぜかありません。ベンチが消えたのはホームレスのせいでしょうか?誰もこのことに文句を言わないのはどうしてなのか不思議です。もちろん国によってさまざまですが、私が訪れる他の国ではベンチやゴミ箱をあるとありがたいと思うことがたびたびあります。

確かにゴミ箱を用意してもゴミは散らかります。あってもなくてもよいのかもしれませんが、私はあった方がまだマシだと思います。行政の手間がかかるし、適当にゴミを捨てる人もいますが、ゴミ箱がなければどのようなところにどう捨てるかわからないので、さらに危険です。あればマナーを守る人にとってはありがたいのです。

多くの国はゴミ問題で苦慮しています。日本の人は比較的マナーがよいように教育されていて従順なので、国がこうすると言えば多くは従い、苦情もありません。理由がテロリストとか、ホームレスとか言われると、「はい、はい」となります。ベンチが少ないのはなぜなのでしょう。ホームレスがそこを寝床にするからでしょうか?一時期より少なくなりましたが、多摩川の河原でもホームレスの人はまだ見かけます。ベンチを多くしたらそれほど問題なのでしょうか?何か違う理由があるのかもしれません。

多くの国では高齢化が進行しています。高齢化に限らず、ちょっとしたことで座れてくつろげる場所はあってもよいと思います。多くの都市では公園などにベンチをかなり置いてあります。公園だけではなく人が集まるような場所に座れる場所は多く設定されています。それとともにゴミ箱を設置しています。ゴミ箱に家庭用のゴミを捨てる人がいるから設置しないというのは本末転倒の理由です。街は住みよくあるべきで、そのために税金を払っています。税金は国のために使うのではなく、本来は市民のために使うべきでしょう。そうでなければ払いたくありません。国のために私たちは生きているわけではないからです。

最近、トイレがきれいになっています。ありがたいことです。これは日本だけではなく、いくつかの国が該当します。 電車、駅、公園、商店街、デパート、ショッピングモール、観光地など、あっという間にトイレットペーパーが完備し、以前よりはずっときれいに利用されるようになっています。地域によってはまだまだですが、本当に変わりました。誰が音頭を取ったのかわかりませんが、いいことです。

個人的には、公共の場のベンチとゴミ箱をもっと整備していく必要があると思っています。理由は、私が歳をとり、座りたいと思ったときに座る場所がないことです。私の地域に二子玉川というところがあります。玉川高島屋にはたくさん用意されていて年寄りには本当にありがたいところです。しかし、そのほかには整備されていません。特に最近洪水(2019年)があったせいでしょう。二子玉川公園や兵庫島の周辺がきれいに防災上の観点からだと思いますが、木が切り倒されコンクリートで固められました。しかし、ベンチがありません。ゴミ箱もありません。

多摩川のあちこちにゴミが投棄されています。海や川を汚すななんてきれいごと言っても絶対になくなりません。プラスチックゴミが山ほど川に流れ込んでいます。多摩川はきれいになったなどと言っている人の気が知れません。また、座る場所がないのです。昔設置された座る場所がちょっとありますが、ほとんどありません。みなさん地べたに座っています。高齢者にはそれはきついです。バリアフリーにしても、ベンチもゴミ箱もないのはおかしいです。

日本には、最近そのような都市計画がまったくありません。私は英国によく行きます。英国はゴミ箱があってもゴミだらけ、トイレは汚くて使えないと、バカにする人がいますが、公共の場の市民に対する整備は、日本よりはよほどしっかりと考えています。ベンチはあちこちにあります。ゴミ箱もあります。

FurnitubesというWebサイトは、公共施設の整備について次のように述べています。

Street furniture to support social interaction

Having enough street furniture also promotes equality of opportunity, as it provides rest places for the elderly and people with mobility issues. Parents of small children can use it in public spaces and amenities, to keep a watchful eye on their youngsters, making accessibility and use more assured.

Carefully placed clusters of benches and seating in public places offer opportunities to be sociable and enjoy the outdoors. This is the value that has become even more precious, as people respond to modern challenges by returning to simpler, more traditional activities.

Properly commissioned and placed street furniture can draw people to the location and give them reasons to stay. Large groups of friends will use it, or it can even stimulate greater social interaction between strangers.

問題は多々あるにしても、このような公共の考えが大切だと思います。YouTubeを見たら次のようなビデオがありました。騒音の苦情があるから、ゆったりとくつろぐベンチは設置しないならば、しないほうがよいです。しかし、いろいろな苦情を聞いて最終的に誰にも役立たないものが設置されるのは税金の無駄遣いだと考えるのは、私だけでしょうか?

事情により今回も2日分です。


夏兆す ベンチに座り 仰ぐ空





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