What is a preparatory school? Are they different to state schools?
このビデオは英国のpreparatory schoolの紹介です。日本の予備校はpreparatory schoolと英語に訳されることがありますが、かなり違います。このことについて、本日はかなり雑文ですが、また教育について書きます。これまで生きてかかわってきた教育と分野からはどうも離れられないし、何度も同じようなことを書いています。日本は、ビジネスとしての学習文化を変えてほしいとただ願うばかりです。言いたいことは、子どもたちのために学ぶシステムを目的を明確にして、人材もそのために活用してほしいということです。
いつの頃からか、学校教育に加えてその周辺のいわゆる準備学校(昔は大学予備門などと言っていたかもしれません)が変容して、塾や予備校としてビジネスとなりました。さらには、専門学校などの職業学校が盛んになり、高校を卒業しても一人前とみなされず、さらに学費を払って学ぶ時代となりました。いまや、小学校入学前から受験に対応する学習施設が増えていき、たくさんの学習教材が産出されています。かく言う私も多少関わりがあり責任を感じます。
考えてみれば100年ほど日本ではすっかり定着しています。いや、もっと前からからもしれません。武士を中心に中国の科挙制度に見習いそのような試験制度が少なからず定着してきました。しかし、現状はそれとは異なり、親が子どもによい学歴で育ってほしいと考え、相当のお金をかけて多様な教育の機会を与える社会になりました。学習だけではなく芸事やスポーツなどもそうです。親心としては当然です。子どもにとってもそれはありがたいことです。しかし、お金がなければそれは続けられません。
本来、そのようなことは、憲法の教育の機会均等の精神からすれば、公共機関が提供することです。つまり、学校です。日本は基本的に公共教育の整備はよくできている国です。大学に関しても、私の時代は貧しくても大学教育を受けられた時代でした。現在は違います。予備校も私は親に頼んで行かせてもらいました。今から考えればありがたいことです。私の中高の友人の多くは大学までは行ってません。高校から就職でした。大学時代はアルバイトをしながらなんとか卒業し教職に就きました。私は塾には行ってません。親がそのような余裕がなかったし、私も別に行きたくもなかったからです。私は大学を出るまで公立の教育機関で学びました。唯一の私学が予備校でした。
しかし、予備校の授業はあまり参考にならず、途中から行かなくなりました。周りの友人の悪影響もあったのですが、自分で勉強すればいいということでした。狭い机でじっと講義を聞くのが馬鹿馬鹿しいと感じたのもありました。現在の予備校や塾は当時とは違います。ビジネスです。それもかなり受験に特化した質のよいビジネスになっています。私はそのようなお金と人材は、受験産業ではなく、学校の一部に取り込んだ方がいいと思います。かなり優秀な人が受験ビジネスにかかわっています。それは社会としてももったいないと感じます。
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東進という予備校のコマーシャルです。たいへんですね。先日、河合塾という予備校でストがありました。そういう時代です。大学も専門学校も同様にストやりたいのではないでしょうか?しかし、「学習する人に影響を与えてはいけない」などの批判もあります。私はこれはまちがいだと思います。ストライキは労働者が発言する唯一の権利です。それは保証されなければならないと思うし、生徒もそのことは理解すべきでしょう。日本はいつの間にか市民としての当然の義務と権利を履き違えている気がします。
先進国の多くが、労働組合(Union)は機能しています。日本はちょっとおかしい。
長くなりましたが、結論は、予備校や塾のビジネスを学校教育の本来の目的に合わせて機能させることが大切だということです。学校を中心に、その機能を集約させて、学習者一人ひとりの能力を最大限に伸ばすことに集約してほしいと願います。受験勉強は思考力育成に役立つと言う人がいますが、大半は無駄です。不登校が多いのはそのせいもありますが、不登校になっても、日本の受験の学習から抜けきれない環境は、不登校の人をさらに貶めることになります。もっとやりたいことができる環境を、学校を中心に整える力に、受験産業を転換することが肝要だと思います。
5月末 日曜の昼 カプチーノ
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