明恵上人その生涯と足跡(2/3)
この日記は、笹島の阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)です。今回は5月のとてもいい季節に合わせて考えます。この日記もあと3ヶ月程度となります。毎日と決めて書いていますが、ときどきはどうしても用事があり、時間が取れないときもあります。それはそれでよいと思っています。
阿留辺畿夜宇和は鎌倉時代の華厳宗の僧侶、明恵上人のことばです。「こうしなければいけない」という意味ではありません。「それぞれの立場や状況に応じてこのようにしようと実践する」という意味です。私の理解では、明恵という人は真摯な人で自分に厳しく他人にはやさしくというような人です。華厳宗という宗派の中で高山寺を再興し、今日に至っています。高山寺については以前に書きましたが、実際に行ってみると、その空気を感じる寺です。明恵がいたことを確認できる場所でした。
5月になり、続けてきた日記もそれほど書くことがなくなったというよりは、自分の思考の限界を感じることが多くなりました。この日記は以前にも言っているとおり、書き殴りをしています。完成した文章とすることは意識することなく、思いついたままに書いています。間違いも多々あり、読みにくいと思いますが、誰かに読んでもらうことは意識せず、自分自身の「生きた」記録として書いています。タイトルにあるとおり、この日記は、阿留辺畿夜宇和を柱としたautoethnographyの一環です。ある段階で整理してふりかえりたいと思います。
Understanding Autoethnography
それはそうですが、やはり一定の思考の傾向があり、思考がもうひとつ先に進みません。年齢のせいか、退職したせいか、とにかく人間は同じことを堂々めぐりで考えることしかできないのかと、限界を感じます。たとえば、「私とは何か?」という問いをずっと私は続けています。「自分を見つめる」ということはむずかしいなというのが率直な印象です。人間は複雑です。人間だけが複雑という意味ではありません。人間も複雑と言った方がいいのかもしれません。とにかく世の中すべて複雑です。なぜ争いをするのか?など、なぜ、なぜ、なぜが、ずっと続くのです。「答えはない」と結論してしまうのはおもしろくないので、問い続けます。
私の5月の阿留辺畿夜宇和はいままで同様です。変わりません。やりたいことを追求するということです。やろうと思ったことをはやるということです。また、流れの中でこうした方がいいと思ったらその流れに乗ることです。しかし、うまくいかないと思ったらすぐにやめることです。私自身にはもうそれほど大きな夢もありませんが、やりたかったことやおもしろそうだなと思ったことは実行します。人には強制しません。人に裏切られても恨みません。頼まれたらできる限り対応します。さらには、守るものは守ります。
8月まで日記は続けます。その後はまた考えます。
5月5日 こどもの日かな わたしの日
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