2025年7月22日火曜日

Chronic absenteeism / 不登校  2025年7月 22日(火)

「不登校」という用語がすっかり定着しました。2023年度には、小学生が13万370人、中学生が21万6112人、高校生が6万8770人という報告が文部科学省からありました。しかし、不登校は、英語でtruancy(= the problem or situation of children being absent from school regularly without permission)(Cambridge Dictionary)(学校を怠けて休むという問題)と訳されることが多いですが、実情とはあっていません。最近では、chronic absenteeismと言われています。要するに日本だけの現象ではなく多くの国で同様の現象が、特にコロナ以後に目立っているそうです。

Since the pandemic, we've seen school absence rates rise. Before COVID-19, the overall absence rate was 4.7%. This jumped to 7.6% in 2021/22 and by 2022/23 had only come down slightly to 7.4%. Census data for this academic year will shortly be published, but although daily data shows that progress is being made, there is still a long way to go.(the UK, 03, 2025)

Truancy rates have risen faster in developed English-speaking countries since the Covid-19 pandemic than in non-English-speaking countries, according to a new working paper by UCL researchers. (UCL news)

Chronic absenteeism is trending in the right direction—dropping from its peak of 28 percent in 2022 to 23 percent in 2024—but it remains a significant challenge nationwide. (Future ED)

もちろん、学校教育が受けられないという状況もあるので、それを含めるとかなり多くの子どもが学校には行っていない(行けない)わけです。それとは、この問題は違います。ここで言うabsenteeismは、「学校には(行けるけれども)行かない」ということです。

「第4条 (義務教育) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う」(教育基本法)とあるように、日本でも義務教育は保護者の義務です。これは、厳しく解釈すれば、保護者が罰せられる可能性があるわけです。きちんと調査をしていないので、私自身もはっきりとした根拠はありませんが、先進国で、学校へ行かない子どもがいることがふつうの状況になるのは、コロナでオンラインの学習がある程度普及したことが大きく影響します。

日本でもそうですが、多くの国でこのような柔軟な教育やカリキュラムは定着して来ています。学校に物理的に行くということはすでに形骸化していて、大切なことは、子どもが「学ぶ」という機会は提供されることです。その意味で、truancyよりは、absenteeismという言葉が使われ、日本語では「不登校」がそれにあたります。

このことにかんして私が言いたいことは、「学校ってなんでしょうか?」と言う問いです。読み書きと計算ができないという基本的な能力は学校の大きな役割です。それに加えて、さまざまな学びの機会が必要に応じて与えられることが大切です。しかし、現状は、カリキュラム(学習指導要領)があり、それに沿って学習が提供され、それを評価しています。しかし、カリキュラムは、明確な目標に向かった学習を示すことです。日本の場合は「人格の完成」ですが、抽象的でよくわかりません。そのために学ぶ必要があるとすると、学校という場でなくても問題はないでしょう。

そうすると、「不登校」という言葉も不要です。学ぶことを精選して子どもに示し、保護者はそれに責任を持つ、そのための学校であれば、学年もクラスも学校でしなければいけないとされる活動も任意です。義務教育という期間に学ぶことができていないことはいつまでも続ければよいと思います。職業や専門職を目指す場合は、そのために学習を続け、その専門コースをスタートするには、それに必要な学力が必要です。そのようにシンプルな学びの機会を社会は与えていく必要があるでしょう。

不登校生徒の学びの場・鎌倉市に分校型の多様化学校が開校 / 鎌倉市立由比ガ浜中学校

現在の歪んだ受験や塾や予備校も必要なくなり、「名門校」「伝統校」「進学校」などなどのブランドも不要です。社会をシンプルに「学び」に特化できないでしょうか?東大や京大というようなブランドは国際的に見れば何も意味はないのです。「何がしたい」「何ができる」で考えれば、「不登校」などの用語は必要なく、それに関して悩む必要はないでしょう。


不登校 好きなことする 夏土用



 

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